正直、IoTは儲かるのか?

IT分野の調査・助言を提供するガートナー ジャパンが2016年4月26日~28日の3日間で開催した「ガートナー ITインフラストラクチャ & データセンター サミット 2016」。その2日目のゲスト基調講演に、ABBALabの代表取締役で、さくらインターネットのフェローである小笠原治氏が登場し、「IoTに取り組むStartupのリアリティ -ABBALabとさくらインターネットが何を考えどこに向かおうとしているのか-」をテーマに講演しました。

現在語られている「IoT」には狭義と広義の2種類があります。狭義のIoTとは、工業系のIoTであり、例えばインダストリー4.0に代表される製造業のコスト削減など、受益者の範囲が企業に限定されることから狭義のIoTと呼ばれます。一方、広義のIoTは商業系のIoTであり、例えば生活を変えるような製品やサービスなど、受益者の範囲が一般消費者と広いことから広義のIoTと呼ばれます。

ABBALabが取り組んでいるのは広義のIoTであり、スタートアップへの投資から、プロトタイピングを開始する個人やクラウドファンディングに挑戦するチームへの資金および活動拠点「DMM.make AKIBA」の提供、技術・スキル教育など、モノづくり全般を支援しています。 一方、さくらインターネットは国内最大級の郊外型大規模データセンター「石狩データセンター」を拠点に、狭義や広義に関わらずIoTを支援しています。

ABBALabでは、IoTを「インターネット」「デバイス(コト)」「シングス(モノ)」の3つの横軸と、「インプット」「ロジック」「アウトプット」の3つの縦軸によるマトリックスで定義しています。小笠原氏は「IoTは“モノのインターネット”と言われますが、我々は“モノ・コトのインターネット”と呼んでいます。モノやコトがセンシングされ、処理され、人々にフィードバックされる一連の流れがIoTです」と話しています。

IoTのマトリックス

IoTのマトリックス
(出典:ABBALabのウェブサイトから引用 http://abbalab.com/program/

具体的には、(1)何をセンシングしているのか、(2)センシングの方法はどうするのか、(3)どんなネットワーク構成を使うのか、(4)どんなアプリケーションを使うのか、(5)データの受け渡しはどうするか、(6)フィードバックの方法はどうするか、(7)クライアント処理は何でするか、(8)どんな価値を生み出しているか、(9)どんなフィードバックをするか、という流れがIoTの定義です。

小笠原氏は「IoTのマトリックスの中で、いつか輝くかもしれないという“コト”を見つけ出し、そこに投資をすることで、モノづくりを支援しています。正直なところ、“IoTは儲かるのか?”と懐疑的な人も多くいます。また、コストがどれくらいかかるのかという疑問もあります。こうしたポイントを踏まえて、スタートアップと打ち合わせを繰り返し、製品化を進めています」と話します。

投資のフェーズとしては、アイデアを形にする「プロトタイピング」、試作機の制作や実証実験を支援する「プレシード」、量産計画やベンダー選定、初期ロット生産を支援する「シード」、継続生産や拡大生産を支援する「シリーズA」と続き、その後、シリーズB、シリーズC……と続きます。小笠原氏は「プロトタイプからシリーズAまでで、最大1億円程度の投資を行います」と話しています。

ABBALabのイノベーションスキーム

ABBALabのイノベーションスキーム
(出典:ABBALabのウェブサイトから引用 http://abbalab.com/about/

すでに実用化に近づくスタートアップ

ABBALabが支援するスタートアップの1社がイクシーです。イクシーでは、筋肉の動きを読み取って動く筋電義手「handiii」を開発しています。現在、筋電義手の市場では、ドイツのメーカーが9割以上のシェアを持っています。この筋電義手には、1本で150万円程度の費用がかかります。

handiiiは筋電義手に必要な部品を3Dプリンターで制作することにより、部品代を300ドル程度に削減することを可能にしています。また制御部分にスマートフォンを利用するなど、コストを削減するためのさまざまな工夫をしています。これにより、たとえ機能的には150万円の筋電義手の半分でも、組み立てを含めて10万円以下で筋電義手を提供できます。

小笠原氏は「現在は新たな投資を受けることで、handiiiの仕様から設計、デザイン、プログラムまでのすべてを、オープンソースハードウェアとして公開しています。これにより、欧州のある企業では子供用の小型の筋電義手を開発するなど、すでに新たな展開がスタートしています」と話します。

筋電義手の「handiii」

筋電義手の「handiii」
(出典:ABBALabのウェブサイトから引用 http://abbalab.com/news/

またFOVEでは、世界初の視線追跡型バーチャルリアリティヘッドマウントディスプレイ「FOVE」を開発しています。FOVEは国内ゲーム会社や海外家電メーカーなどから、約12億円の資金を得て量産体制を確立しているところです。小笠原氏は「代表者の小島由香氏は、ソニーから独立してFOVEの開発に取り組んでいます」と話します。

世界初の視線追跡型バーチャルリアリティヘッドマウントディスプレイ「FOVE」

世界初の視線追跡型バーチャルリアリティヘッドマウントディスプレイ「FOVE」
(出典:ABBALabのウェブサイトから引用 http://abbalab.com/news/

さらにウィンクルは、内部にホログラムが投影されるコンテンツビューワー「Gatebox」を開発しています。Gateboxは、家に帰るとホログラムのキャラクターが「おかえりなさい」と迎えてくれ、朝起こしてくれたり、天気を教えてくれたり、音声認識でテレビをつけてくれたりします。最大の特長はキャラクターを自由に変更できることです。

コンテンツビューワー「Gatebox」

コンテンツビューワー「Gatebox」
(出典:ABBALabのウェブサイトから引用 http://abbalab.com/news/

そのほかにも、無線給電技術を利用した土壌モニタリング用センサネットワークのコンセプトアプリケーションを開発するSenSproutや、犬の心拍を測定し、その変化から興奮、集中、喜びの度合いなど、犬の心理状態を見える化する「犬パシー」を開発しているイヌパシーなど、数々のスタートアップが実用化に近づいています。

犬パシー

土壌モニタリング用センサネットワーク「SenSprout」と犬の心理状態を見える化する「犬パシー」
(出典:ABBALabのウェブサイトから引用 http://abbalab.com/news/

IoTをプラットフォームで支援するさくら

スタートアップが開発したデバイスによるIoTや企業のIoT導入を加速させることを目的に、さくらインターネットが構築している新しいプラットフォームが「さくらのIoT Platform」です。さくらのIoT Platformは、通信環境やデータの保存および処理のための仕組みをトータルに提供するためのIoTプラットフォームです。

「さくらのIoT通信モジュール」と通信キャリアネットワークをL2接続した「閉域網」を用意し、ストレージ、データベース、ルールエンジンを含むバックエンド、外部のクラウドやアプリケーションサービスと連携できるAPIまでを垂直統合型で提供します。将来的には利用者がデータを販売するためのプラットフォームも構築する計画です。

小笠原氏は「例えばGateboxで会話した内容や、在宅なのか不在なのかといった情報が、インターネットから漏れてしまうのは好ましくありません。そこでIoT通信モジュールをつなぐ携帯キャリアの回線とインターネットの間に閉域網を置き、そこにデータを集約することで、安心かつ安全なデータ活用環境を提供します」と話します。

また、さくらインターネットではアパマンショップホールディングスとの提携により、アパマンショップが提供する賃貸物件の入居者が、少ない月額利用料でIoT通信モジュールを利用できるサービスを展開するための新会社を設立しています。小笠原氏は「今後、IoTが普及拡大していくことで、さまざまなビジネスが考えられます」と話します。

「冒頭で“IoTは儲かるのか?”という疑問があると話しましたが、例えば1分に1度、血圧を測れるセンサーがあった場合、年間で1人あたり52万5,600件のデータが収集されます。東京都の人口を1,200万人とすると、年間で約6.4兆件のデータになります。このデータを1件あたり0.01円で管理すると年間640億円の管理費になります」

また血糖値や尿酸値などのデータを、朝、昼、夜の3回、1データあたり5円で分析すると月額450円程度でフィードバックを得ることができます。日本のように先進医療が受けられる地域はよいのですが、そうではない地域では予防が最大の医療になります。小笠原氏は「こうした世界は夢物語ではなく、すでに実証実験が進んでいます」と話します。

しかしビッグデータをすべてクラウド上に収集すると、通信遅延などさまざまな問題が発生します。そこで、自分やモノの近くにコンピューティングパワーを最適に配置する「フォグコンピューティング(エッジコンピューティン)」に対する注目が高くなっています。

さくらインターネットは2016年4月より、フォグコンピューティングを推進する「OpenFog Consortium」に、アジア地域初の「Contributing Member」として参加しています。OpenFog Consortiumには、標準化団体であるIEEEも参加しており、適切なコンピューティングパワーの配置をオープンなアーキテクチャとして展開していくことを目指しています。

「さくらのIoT Platform」のシステム概要

「さくらのIoT Platform」のシステム概要
(出典:さくらインターネットのウェブサイトから引用 https://sakuraiot3.zendesk.com/hc/ja

IoTスタートアップにおける日本の問題点

現在、ABBALabには海外のファンドは入っていますが、国内のファンドは入っていません。さくらのIoT Platformにも、インテルなどの外資系大手ベンダーは参加していますが、国内大手ベンダーは不参加です。小笠原氏は「約6カ月前から国内大手ベンダーと話をしていますが、我々に参加することもなく、自分たちでファンドを作るわけでもなく、外部との連携をどのようにするのかも不明な状況です」と話します。

また世界には、ABBALabと同じようなハードウェアアクセラレーターが40社程度ありますが、日本におけるハードウェアアクセラレーターは現在のところABBALabだけしかありません。その理由を小笠原氏は次のように語ります。「日本製品の強みでもある高い“日本品質”が逆にネックとなり、大手メーカーがプロトタイプを製品として評価できないことが最大の理由と言えます」

「exiiiやFOVE、Gatebox、SenSproutなどを開発している開発者は、国内大手メーカーから独立してスタートアップした人たちです。国内大手メーカーの中には優れた技術者が数多くいるのですが、本当に作りたいモノを作ることができません。せっかく大手メーカーに入社したのに外に出ないとイノベーションを起こすことができないという日本の現状を知ってほしいです」

ある調査では、2010年にシリーズAと呼ばれるスタートアップ市場は100億円規模でしたが、2014年には約4000億円の市場に拡大しています。米国でイノベーションが起きる地域も、当初はサンフランシスコを中心としたベイエリアでしたが、現在ではマサチューセッツ工科大学があるボストンやニューヨークなどに拡大しています。

小笠原氏は「我々は日本でも同じことができると考え、秋葉原を拠点にスタートアップ支援を開始することにしました。インターネットの世界では売上の30パーセントがアップルとグーグルにとられており、日本は敗戦国と言えます。IoTの世界では高い品質の日本のモノづくりと安心・安全なインターネット技術を組み合わせることで、世界のどこにも負けたくありません」と話しています。