上部写真)財産ネット株式会社 代表取締役 荻野調さん

さくらインターネットが注目するスタートアップ企業を紹介していく本連載。今回は、流行りのフィンテック分野で活躍するスタートアップ、財産ネット株式会社を紹介します。大金飛び交う証券取引の世界で、同社代表・荻野さんが見出した“勝機”とは?

日本の金融業界がテクノロジー面で遅れているというのは誤解

——財産ネット株式会社の事業内容についてお伺いする前に、まず荻野さんがどういう経緯でこの会社を興すことになったのか、からお聞かせいただけますか? なんでもかなりユニークな経歴をお持ちだそうで……。

荻野さん:ユニークかどうかは分かりませんが、大学にはたくさん行きました。最終的に修士を3つ、博士を1つ取得しています。学校に通いながら働いていたので、最低限の出席日数でどうやって単位を取るか、を考えているような学生でしたね(笑)。20代の前半は大学で勉強しながらフルタイムで働いていましたよ。

——その頃から金融関係のお仕事をされていたんですか?

荻野さん:いいえ、当時はネットワークエンジニアとしてコンサルタントの仕事をしていました。その頃(90年代後半)の日本はちょうど「ブロードバンド」がやってきた時期で、その立ち上げに関わっています。まだISDNの64Kをブロードバンドと称していた時代に、1.5Mbpsのケーブル回線を持ち込むという事業で、アメリカから持ち込んだ機材を日本で動くようにするといった作業をしています。

その後、2000年に務めていた会社が他社と経営統合することになり、そのタイミングでソニーに転職。当時のソニーは新規事業を積極的に立ち上げていた時期だったこともあり、10億円規模の新規事業立ち上げを1年に1プロジェクトというペースでやらせていただきました。データセンターの立ち上げ事業だったり、コンシューマー向けの製品を企画したり、後は企業合併などにも携わりましたね。

——それはすごい!

荻野さん:ただ、正直、大企業ならではのペース感に物足りなさを感じたというか、もう少し色々やりたくなってベンチャーキャピタルに転職します。2社合わせて8年半ほどいましたね。在籍中に約1万の事業計画書を見て、実際に100弱に投資して、30くらいはIPO(新規上場)やM&A(事業買収)にこぎ着けています。

その後、紆余曲折あって2011年にグリーへ転職。同社のグローバル事業立ち上げから事業開発部や子会社を率いた後、2015年に財産ネット株式会社を起業しました。

——財産ネット立ち上げの狙いを教えてください。

荻野さん:実のところ起業時に事業内容に対するこだわりはさほどありませんでした。ただ、ちょうどフィンテックブームが来ていたこと、そこにタイムマシンモデル(編集部注:米国で成功したビジネスをいち早く日本に持ち込むこと)を適用しやすいことが、この業界を選ぶ決め手となりました。

——「タイムマシンモデルを適用しやすい」というのは、日本の金融業界が米国と比べて遅れているということですか?

荻野さん:そこはちょっと説明が必要ですね。フィンテックブームと言うと、よく誤解されるのですが、国内金融業界はかねてよりテクノロジーに投資し続けてきた業界で、その点で遅れているということはありません。証券取引所の高速取引やセキュリティ性の高さなどはIT業界と比較しても最高水準と言えるでしょう。

一方、インターネットを利用して消費者にサービスを届けるというネットビジネスの観点では遅れている面も見受けられます。アパレルや靴などを扱う一般消費財のネットビジネスでは常識となっているマーケティング技術やノウハウ、顧客へのモチベーションの与え方といった考え方が、金融分野では理解されておらず、活用もされていないのです。そして我々は、そこに大きなチャンスがあると考えました。

株為替予報サイト「兜予報」の勝率はなんと8割!?

——そんな財産ネットの具体的な事業内容について教えてください。

荻野さん:主軸となるのは「兜予報」という、兜町アナリストたちの個人的な見解をお届けする無料メディアですね。企業のIR、PR情報が株価にどう直結するか、それは現在の株価に織り込み済みなのかといった見解や、昨日の値動きは何が原因だったのかなどといった解説を各アナリストの視点でまとめたものです。

——もう少し詳しく教えていただけますか?

荻野さん:IR、PR情報を含む、全ての経済ニュースはそれが株価に織り込まれるまでに時差があります。ソニーやトヨタなどの大型株の場合は、この時差がわずか3〜5分程度しかないのですが、いわゆるデイトレーダー銘柄の場合は約1時間程度の余裕があるんです。「兜予報」はその滞空時間を利用してユーザーに情報を提供することで、実際の取引の参考にできるメディアとなります。

具体的には、IR、PR情報をクロールした中から、ネタになりそうなものをキュレーションし、それに対して参加アナリストがポジティブ、ネガティブの投票を行う事で“指針”を発信します。この際、アナリストの投票が外れているとどうしようもないのですが、「兜予報」では独自のシステムを開発することで、統計的に勝率をアップ。個々のアナリストの勝率はせいぜい6割くらいで、実際それが限界だと思うのですが、それを十数人集めると統計的に8割くらいまでに高められるのです。

——8割ですか!? それは、言うなりに買っているだけで儲かってしまいそうですね……。私も自分なりに専門分野があるので、たまに株価の上がり下がりを予想するのですが、全く当たらず、株には手を出すまいと思っています(苦笑)。

荻野さん:実は株価って、自分の専門分野の方が外しやすいんですよ(笑)。例えば、一昨年の秋にある会社が「画期的なウェアラブル端末を開発」というリリースを出したのですが、それは、その周辺に詳しい人には失敗するとしか見えないものでした。ただ、株価はその後2時間で、約10%ほども向上。もし「売り」に走っていたら大損ですよね。

ただ、実のところ、その玄人判断は正しくて、報じられたウェアラブル端末はその後、鳴かず飛ばず。中長期的には詳しい人の思ったとおりの展開となりました。でも、その“正しさ”は、その日、その瞬間の株価という観点では重要ではないんです。

——なるほど。そう言われてみるといろいろと思い当たることがありますね。

荻野さん:そしてこの話は、IT株だけでなく、あらゆる分野に言えること。株式取引をするトレーダーはプロであれ素人であれ、ほとんどが事業構造や製品・薬効等をよく知らずに売買を行っています。ゲームのことを知らずにゲーム会社の株を買い、自動車のことを知らずに自動車会社の株を買っているんです。そういう人たちがポジティブに見えるものに「買い」を入れ、ネガティブに見えるものに「売り」を入れる。「兜予報」の役目はそれを可視化するということですね。

——現状の「兜予報」に対する評価を教えてください。

荻野さん:ありがたいことに、株式取引の必須ツールとして捉えられるようになっており、デイトレーダーの1〜2割の方にご利用いただいています。日本にはアクティブトレーダーが約30〜50万人、うちデイトレーダーが5万人と言われているのですが、証券会社の手数料収入の7〜8割はデイトレーダーが作っていると言われています。手数料収入は年間で約3000億円くらいなので、約2000億円分を5万人が生み出しているという計算になりますね。その1〜2割に使っていただけるということは、200〜400億円の売上を「兜予報」でコントロールできているということ。これはネット証券1社の売上と同水準なんですよ。

——「兜予報」はそうした評価をどのようにマネタイズしているのでしょうか?

荻野さん:証券会社への送客が利益となります。ここで重要なのは一般的なネットビジネスと比べて、証券取引の客単価が非常に大きいこと。1取引で少なくとも数十万円のお金が動きますから、リターンもそれに応じて大きくなります。ECでは客単価数千円の売上の約1割が粗利となり、さらにその中から経費を差し引いた2〜3%が利益に過ぎないわけですから比較になりません。

ちなみに証券業界の広告収入を狙ったビジネスはこれまでも活発に行われていましたが、そのほとんどは口座開設のアフィリエイトを狙ったもの。でも、証券会社からしてみれば、そうして口座を作ってもらっても、その9割はほとんど取引を行うことなく消えて行ってしまうんです。それでは肝心の手数料収入が取れませんよね?

その点、「兜予報」は、実際の取引発生までをコントロールするというサービス。その点がこれまでの送客ビジネスとは根本的に異なっています。ユーザーにとっても、1クリックで取引画面まで行けるので、利便性という点で大きなメリットがあります。

——WIN、WIN、WINというのは良いですね! 最後に、そんな財産ネットが今後、どのような展開を考えているかを教えてください。

荻野さん:「兜予報」を運用していく中で、蓄積された株式売買に関するビッグデータを活用していくことを計画中です。株価の推移については、皆さんデータをお持ちなんですが、どうして株価が動いたのかについての情報を切り出せている企業はほとんどありません。既に、それを利用した株価の変動時間を予測するアルゴリズムが完成しているので、機関投資家向けに販売を予定しています。将来的にはそれをさらに進化さえ、利幅や、ポジティブ/ネガティブのシグナルも分析できるようなものに育てていきたいですね。

また、「兜予報」の仕組みは、証券市場があるところならどこでも適用可能。つまり、証券市場の数だけチャンスがあるということです(笑)。それぞれの国の事情に通じた人材の確保が必要となるため、我々単独で拡大していくのは難しいのですが、そこは現地の証券会社と組むかたちで上手くやっていきたいですね。実際、すでに米国版の「兜予報」を始めるべく、交渉を開始しています。

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