IoTにはざっくりと分けて2つの立場がある。スマートなデバイスをつなぐか、ダムシングをつなぐかだ
「IoT」 (Internet of Things、モノのインターネット)という言葉をあちこちで見かけます。世の中のあらゆる「モノ(Thing)」を、インターネットに接続する構想です。いわゆるバズワードとしてかなり強力なものと言えます。
筆者は、このIoTというキーワードをめぐり、あまりにも異なる論調の記事が入り乱れている状況に戸惑っていたのですが、「IoTにはざっくり分けて2つの立場がある」と考えると、話を整理しやすいことに気がつきました。以下、この考え方について説明していくことにします。
1番目の考え方は、あらゆる「モノ」、家電機器、工作機械、建機、自動車などを、プログラマブルでエンド・ツー・エンドなインターネット端末にしてしまう考え方です。今回の記事では、このようなデバイスを「スマートなデバイス(Smart Device)」と呼ぶことにします。
2番目の考え方は、世の中に大量に存在するプログラマブルではない「モノ」、例えばCPUを搭載しない低価格の家電製品などをインターネットに結びつける考え方です。今回の記事では「ダムシング(Dumb Thing)」と呼ぶことにします。
目次
プログラマーにとって親しみやすいスマートデバイスのIoT
IoTの未来の1番目の考え方は、すべての「モノ」が小さなコンピュータを搭載してスマートになり、OSが動き、プロトコルをハンドリングして、インターネットにつながる世界を指向しています。最近のGoogleが打ち出しているIoT戦略は、この立場の急先鋒と言えます。
同社が「学習するサーモスタット」の会社Nest Labs(日本語による利用方法のレポート(PDF)もあります)を2014年に買収したことや、2015年5月開催の開発者会議Google I/Oで発表された、Androidから派生したと伝えられているIoT向けOSのBrillo、IoT向けプロトコルのWeaveなどの構想は──その詳細は現時点では未公表なのですが──あらゆる「モノ」がスマートになり、インターネットにつながる未来を見ているのだと思います。
このような世界観は、インターネットの文化、ソフトウェア開発者の文化とよく馴染みます。プログラマブルなデバイスが世の中にたくさんある世界は、ソフトウェア開発者にとってはワクワクする未来像だと思います。
例えばRESTful Web APIとJSONの延長にある技術を使って、デバイスの情報を取得したり、デバイスへ指令を送ったりするような世界が、すでに部分的には実現しています。また、Web開発者がJavaScriptでロボットを制御するアプリを書く、といった例も出てきつつあります。
ここで悲観的な人は、エンド・ツー・エンドの端末が膨大に存在する世界での管理の大変さを予想して震えるかもしれません。その反対に、IT産業にとって新たな需要が大量に発生することを期待している人も多いことでしょう。
多数のダムシングがインターネットにつながる未来
IoTの未来に対する2番目の考え方では、スマートではない「モノ」、例えばCPUすら搭載しない低価格の家電製品を、「ダムシング」のままでインターネットに結びつける方法を編み出そうとします。
書籍『角川インターネット講座1 インターネットの基礎』(村井純、2014年)には、「『もの』のインターネット」と題した節が設けられています。この節ではIoTの形態として、次の3種類の形態が記されています。
(1)無線タグ(RFID)などを「モノ」にとりつけ、追跡できるようにする。近距離無線通信技術規格NFCもこの分類に入ると考えていいでしょう。
(2)センサーをネットワークでつなぎ、データを収集する(センサーネットワーク)。
(3)機械と機械が直接データを交換する(M2M)。ZigBeeやBLE(Bluetooth Low Energy)の活用などがこの分類に入ります。
こうしたRFID、センサーネットワーク、M2Mの世界は「自律的に働く端末同士が通信するというインターネットのエンド・ツー・エンドの形態とは異なっている」と村井純氏は述べています。その一方で同書は、Intel Edisonのようなインターネットの端末となる能力を備えた超小型のデバイスの登場を紹介し、「エンド・ツー・エンドの世界が広がっていくだろう」と予想しています。同書は、ダムシングがつながるIoTの説明を中心に据えながらも、スマートデバイスがエンド・ツー・エンドでつながっていく、もう1つの未来にも言及しているわけです。
より低コストな方が、よりスケールできる
1番目の未来と2番目の未来の大きな違いは、「スケール」(尺度)です。そのための重要なパラメータが価格と消費電力です。
超小型のコンピュータとしてよく名前が上がるRaspberry PiやIntel Edisonは、価格は「数千円」、最大消費電力は「1〜3W以下」といった水準です。この価格、消費電力なのにLinuxを動かしてインターネットに接続することができ、私たちの「モノ作り」の範囲を大きく広げてくれました。マイクロコントローラを組み込んだArduinoやmbedといったボードも人気です。このような超小型コンピュータボードは、個人単位で新しいデバイスやアート作品を作り出せる「Makersムーブメント」を支えている大事な要素です。これらのデバイスは、世界を変えつつあると言っていいでしょう。
しかし、「数千円」でもまだ高価すぎる、「最大1〜3W」でもまだ電力消費が大きすぎる、そんな用途がたくさんあるのです。
例えば「ジェネリック家電」──小売価格3000円程度のトースター、小売価格1500円程度のコーヒーメーカーといった家電製品があります。このような価格帯の家電製品に「数千円」の超小型コンピュータボードを搭載することは、コストが見合いません。
また、何カ月も電池交換をしないで動かし続けるような用途にも、最大消費電力が1Wや3Wといった超小型コンピュータボードは向いていません。
このようにきわめて低価格だったり、電源がなかったりする「ダムシング」がインターネットにつながる方法は、前述の書籍で村井純氏が述べているように、無線タグ、センサーネットワーク、M2Mという複数のアプローチがあります。複数の技術がある中で、NFC(Near Field Communication、近距離無線通信規格)とBLE(Bluetooth Low Energy)には特別な可能性があります。いまのスマートフォンにすでに機能が搭載されているからです。
NFCは、すでに多くのAndroidスマートフォンで利用可能です(iPhone6以降にもNFCの機能は搭載されていますが、まだ外部の開発者向けには機能が公開されていません)。NFCを応用すると、「モノ」にスマートフォンをかざすと情報がクラウドに送られる仕組みが誰でも作れます。個人レベルでも数十円で買えるNFCタグと、スマートフォンアプリを組み合わせれば実現できます。
筆者は、自分のホームページURLを入れたNFCタグを名刺に貼っている人に会ったことがあります。泊まったホテルにNFCタグを(こっそりと)貼り付けている、という人に会ったこともあります。NFCタグによって、物理的な場所、例えばホテルの部屋に対して一意のURIを紐付けることができるわけです。NFCの“草の根”活用というわけですね。
ジェネリック家電がインターネットにつながる──Beaconモジュールのビジネスモデル事例を見る
もう一つ、要注目の技術がBLE(Bluetooth Low Energy)です。Appleの「iBeacon」もBLEの応用の一つですが、これはロケーション情報の活用、家庭の情報化といった用途にフォーカスしたApple専用の枠組みです。
世界に浸透するIoTという意味合いから筆者が興味深いと感じているのが、アプリックスが展開中のBeaconモジュールを活用したソリューションです。その骨子は次のようになります。
- 他社が追従できないほど低価格(大量調達時200円)のBeaconモジュールを開発、製造
- BLEのアドバタイジングパケットと暗号を活用して、ペアリング不要でスマートフォンに通知を送る仕組みを開発
- CPUを内蔵しない低価格電子機器と連携するため、機器の表示系と操作系の電子回路をハックする手法を編み出す
- Beaconモジュールと連携するスマートフォンアプリとクラウドサービスを提供する
この4つをすべて連携させることで、例えば「浄水器に内蔵したBeaconモジュールが『浄水フィルターの期限がきた』ことを検出し、BLEのアドバタイジングパケットを使ってスマートフォンに通知を送り、ユーザーがスマートフォンアプリからフィルターを発注し、その売上げの一部をレベニューシェアで受け取る」といったビジネスモデルを作っているのです。同社はこれ以外にも、小売店の情報発信、天候情報の収集など、多種多様なビジネスを展開しています。
同社の事例で興味深いと感じる点は、プログラマブルで高度なプロトコルを解釈できる「スマートなデバイス」を使わずに、徹底的に低価格の仕組みで「ダムシング」をインターネットに結びつけようとしている点です。
スマートデバイスだけで世界を覆い尽くせるのか?
以上、IoT分野の「未来の2つの顔」について説明してきました。1番目の未来は“スマートなデバイス”で世界を埋め尽くす世界です。2番目の未来は低価格家電など“ダムシング”をNFC/無線タグやBLEなどの手段でインターネットに結びつける世界です。
ここで筆者の意見を述べると、2つの未来は相反するものではありません。両方の世界を想像しておくといいのではないでしょうか。
1番目の未来は、ある程度まで実現するでしょう。非常に多くのデバイスが、それなりのCPUとメモリを積んでLinuxライクなOSを載せ、Wi-Fi機能を搭載し、RESTful APIやJSONと親和性があるIoT向けプロトコルで通信する、そんな未来です。このような未来を想像して、それに備えて何かを学んだり作ったりすることは、決して間違った努力ではないと思います。
その一方で、2番目の未来、つまり「非常に多くの低コストな電子機器が必要最小限なインターネットへの通知機能を備える」という世界は、現実的な未来です。近未来の世界にも、スマートデバイス化が及ばない「モノ」は依然、多数派として残っているはずです。
1番目の未来、スマートなデバイスのIoTの急先鋒と考えられる米Googleも、一方ではBLEの応用であらゆる「モノ」にURLを与えるPhysical Webや、関連するプロトコルであるEddystoneといったプロジェクトを手がけているのです。
スマートなデバイスの未来を考えると、より低価格で低消費電力のコンピュータボードは今後登場してくるでしょう。ただし、その価格や消費電力が「10倍」といったレベルで変化するには、まだ時間がかかりそうです。スマートなデバイスがスケールする速度には限界があるのです。
有用性がある「モノ」を、より低価格、より低消費電力でインターネットに結びつけることができれば、よりスケールできる可能性が生まれます。この原則を考えると、IoTでブレイクする技術やサービスは、意外なところから登場する可能性があります。