ハッカソン好き技術者が考えた未来のゴミ箱は「自分でお金を稼ぐ」?

※こちらの記事は2020年1月17日にASCII.jpで公開された記事を再編集したものです。
文:大塚昭彦/TECH.ASCII.jp 写真:曽根田元

2019年夏に開催された、半導体センサーやマイコンボードを使ったプロトタイプ作品コンテスト「ROHM OPEN HACK CHALLENGE 2019」(主催:ローム株式会社)。そこで最優秀賞を獲得した2作品のうちの1つが、「街にゴミが多い」という社会課題の解決を目指した「未来ゴミ箱」だった。

この未来ゴミ箱は、ローム製のセンサー評価キットやマイコンボード「Arduino」、さらにさくらインターネットのIoT通信プラットフォーム「sakura.io」などを組み込み、決済システムの「Line Pay」などと連携動作する。今回は、未来ゴミ箱の開発に携わった柏木まもるさん、吉松駿平さんに、開発のコンセプトからチーム開発の実際、またsakura.ioに対する評価などを聞いた。

(左から)未来ゴミ箱チームの柏木まもるさん、吉松駿平さん。中央にあるのがチームで開発した「未来ゴミ箱」のプロトタイプ

学生と社会人、経歴も得意分野も違う5人の混成チームでチャレンジ

未来ゴミ箱チームのリーダー役である柏木さんは、明石高専を卒業後、NTTスマートコネクトに入社し、現在は社会人6年目だ。今はクラウドサービスを支えるネットワークインフラのオペレーションを担当しているが、アプリケーション開発を手がけていた経験もあり、ソフトウェアに強みを持つ。

一方、吉松さんは都城高専から京都工芸繊維大学 情報工学課程に転入し、現在は3回生の学生だ。センサーなどのハードウェアを活用したプロトタイピングを得意としており、個人活動では“野生のプロトタイパー”を自称している。

その他のメンバーも含め、未来ゴミ箱チームの5人は皆、経歴も得意分野もバラバラだという。「メンバーは学生が2人、社会人が3人。ハードウェア、ソフトウェア、それにモノづくり=工作が得意な人もいますね」と柏木さんは説明する。そんな異質の5人がどのようにして出会ったのか。

柏木まもるさん。NTTスマートコネクト サービスオペレーション部に所属する

未来ゴミ箱チームが結成されたのは、ROHM OPEN HACK CHALLENGEの開催直前、2019年5~6月に大阪で開催された「デジットハッカソン2019」(主催:デジットハッカソン運営委員会)の場だった。

デジットハッカソンは「電子工作で未来をハックせよ!」をテーマに掲げる、ハードウェア色の強いハッカソンだ。まず2日間のアイデアソンでチームビルディング(チーム編成)を行い、3週間後のプレゼン(作品発表)に向けてチームで開発を行う。そこで出会ったのが、未来ゴミ箱チームの5人だ。

「デジットハッカソンのテーマは『大阪の課題を解決する』というものでした。そこで僕が『未来ゴミ箱』のアイデアを出し、それに賛同してくれた人たちが集まって、一緒に開発を進めることになりました。その時点では全員がお互いに『初めまして』でしたね」(柏木さん)

柏木さんも吉松さんも、こうしたハッカソンやコンテストには積極的に参加しているという。スポンサー企業から開発の素材となるプロダクトが無償提供されるケースが多く、実際にそれらに触れて学べるチャンスだからだ。特に、個人で開発/製作活動を行っている人にとっては魅力的だろう。

吉松駿平さん。現在は京都工芸繊維大学 情報工学課程の3回生だ

実際にデジットハッカソンでも、スポンサー企業各社からさまざまな電子部品やマイコン類、さらにさくらインターネットのsakura.io、LINEの「LINE Things」「LINE Pay」などのクラウドサービスも提供された。さらに、直後に開催されるROHM OPEN HACK CHALLENGEに応募すれば、ローム製のセンサー評価キットも入手できることもわかった。

「もともとチーム内では『せっかくの機会だから、なるべくたくさんのスポンサープロダクトを使って作ろう』と話していました。そこにロームのコンテストの話を聞いて、センサー評価キットも欲しかったので(笑)、じゃあそっちのコンテストにも参加しようと」(柏木さん)

こうした経緯があり、未来ゴミ箱はデジットハッカソン、そしてROHM OPEN HACK CHALLENGEに連続して応募することになった。その結果が、冒頭で触れたROHM OPEN HACK CHALLENGE 2019での最優秀賞受賞だ。この結果について柏木さんは、まったく予想外で「自分たちが一番びっくりしました」と笑う。

「維持費を自分で稼ぐゴミ箱」というコンセプトが生まれた背景

前述したとおり、未来ゴミ箱は「大阪の課題を解決する」というテーマに沿って考案された。基本コンセプトの発案者である柏木さんは、「まず最初は『街にゴミが多い、どうにかしたいね』という話から始まりました」と説明する。ここで未来ゴミ箱チームでは、街に設置されているゴミ箱の少なさに着目した。

「外国人観光客が『日本の街にはゴミ箱が少ない』と語るインタビューをYouTubeで見ました。調べてみると、たしかにゴミ箱の数は少ない。そういえば、自分も街なかで手元のゴミをなかなか捨てられず、困ることがあるなと気付きました」(柏木さん)

「街なかでゴミ箱が見つからない……」が発想のきっかけに

ちょうどタピオカミルクティのブームがあり、街なかではカップのポイ捨ても目立っていた。だが、もしもゴミ箱が目に付く場所にあれば、ほとんどの人はポイ捨てなどせずゴミ箱に捨てるはずだ。それなのになぜ、ゴミ箱が増えないのか。

その理由を調べていくと、ゴミ箱の設置には莫大な維持管理コストがかかることがわかった。その大部分は、定期的にゴミ箱を巡回してゴミが一杯になっていないかを監視し、さらにゴミを回収するための人件費だ。たとえば渋谷駅前に設置された3個のゴミ箱は、年間で1800万円もの維持管理費がかかっているという。自治体や企業がゴミ箱を増やすのに消極的なのは、このコストが原因だった。

「一方で、ゴミ箱が見つからず困っているときは『お金を払ってでも手元のゴミを捨てたい』と思うこともあります。それならば、お金を払ったらゴミを捨てられる仕組みにして『自分で維持費を稼ぐゴミ箱』を作ればいい。そう考えました」(柏木さん)

さらに、ゴミ箱が一杯になったら、ゴミ箱自身で自動的にゴミ収集場所へと移動する機能も考えた。そうすれば、ゴミ箱の巡回監視やゴミ回収にかかっている人件費も大幅に減らせるはずだ。こうして「未来ゴミ箱」の基本コンセプトが出来上がった。

「維持費を自分で稼ぐゴミ箱」というコンセプトが決まった

電子決済からゴミ量の検知、ゴミの自動収集まで盛り込んだプロトタイプ

このコンセプトに基づいて出来上がった未来ゴミ箱のプロトタイプは、次のとおり、大きく3つの部分に分かれた構成になっている。

未来ゴミ箱の構成要素。大きく3つの独立した部分に分かれている

電子決済により開く「フタ」部分

ゴミを捨てたい人が「LINE Pay」で決済すると、スマートフォンの「LINE Things」アプリがBluetooth経由でゴミ箱側に信号を送信。受信した「Obniz(オブナイズ)」がサーボモーターを作動させてフタが開く。

ゴミ箱が一杯になったことを検出する「センサー」部分

ロームのセンサー評価キットに取り付けた近接センサーにより、ゴミ箱内のゴミが一杯になったことを検知。Arduinoボードとsakura.ioを介して通知を送信する。またGPSセンサーも搭載しており、ゴミ箱の位置情報を同時に送信することで、可視化アプリの地図上にどこのゴミ箱が一杯になったのかをプロットする。

ゴミ回収場所まで移動する「自走」部分

GPS位置情報に基づき、Arduinoで「KeiganMotor」を制御して所定のゴミ回収場所まで自走させる。またゴミ箱本体に距離センサーを搭載しており、障害物を検知して衝突を防ぐ。

フタ部分とセンサー部分の実際。センサー部分は、Arduinoボード+sakura.io(LTE通信モジュール)+ロームセンサー評価キットを積み重ねて構成

なお最後の自走部分は未実装であり、ゴミ回収場所まで自ら移動する仕組みは備えていない。その代わりにsakura.ioと「Twilio」を使って、ゴミが一杯になった場合には管理者のスマートフォンに通知する(電話を鳴らす)仕組みとしている。これだけでも、ゴミ箱を定期巡回する頻度を減らす効果がある。

「今回はプロトタイプなので機能を絞り込みましたが、センサー部分は独立しているので、ほかのセンサーを追加すれば街なかの“データロガー”としても使えます。オープンデータ用のデータとして自治体に販売する、といったアイデアも考えられますね」(吉松さん)

メンバーそれぞれの得意分野の間を「sakura.io」がつなぐ

未来ゴミ箱チームは学生、社会人の混成チームであり、短い開発期間中に全員が集まれる機会は限られていた。それぞれ独立した3つの部分で構成するようにしたことで、たとえば柏木さんは「フタ」部分担当、吉松さんは「センサー」部分担当といった具合に、それぞれのメンバーが担当部分の開発を進め、最終的にそれらを持ち寄って作品を完成させることができた。

もうひとつ、開発方針で迷ったときは「最初のコンセプトに立ち戻る」ことも意識したという。開発途中にはメンバーから「こういう機能も盛り込みたい」と新たなアイデアが出ることもあったが、あれもこれもと盛り込んで行くと、本来訴えたかったコンセプトがぼやけてしまったり、開発が間に合わなくなったりするおそれがあった。

「たとえば『ゴミ箱にしゃべらせる』というアイデアが出たこともあります。そんなときは一度原点に戻って、それが本当に大切なのかどうかを考え、最終的にはリーダーである柏木さんがやるかやらないかを判断しました。やはり、最初の課題提起と解決の方向性がしっかり設定されていたからこそ、チームでの開発もうまく行ったのだと思います」(吉松さん)

またメンバーそれぞれで、ハードウェアが得意な人、ソフトウェアが得意な人というギャップもあった。それを埋めるために、sakura.ioが重要な“橋渡し役”を果たした側面もあったという。

たとえばGPSセンサーを搭載した際、位置情報をsakura.io経由でクラウドに送信する部分はハードウェアが得意な吉松さんが担当し、sakura.ioのAPIデータからゴミ箱の場所をマッピングする可視化アプリはほかのメンバーが開発した。

「アプリケーション側の人はハードウェアが苦手、反対にハードウェア側の人はアプリケーションが苦手、というのはよくある話です。なので、アプリケーションとハードウェアの中間を埋めてくれるsakura.ioという存在は、すごくいいと思いました」(柏木さん)

さらに、sakura.ioが信頼性の高いLTE回線を使っていること、通信モジュールからクラウドサービスまであらかじめパッケージ化されていることも、短期決戦で開発を進めるうえではプラスになったという。「『データがちゃんと送信できているか』といった基礎的なことを気にしなくてもよく、その先で何をするかをじっくり考えることができました」と吉松さんは評価している。

エンジニアとして社会とのつながり、ビジネスとのつながりを目指す

ROHM OPEN HACK CHALLENGE 最優秀賞の副賞として、12月開催のハードウェアコンテスト「GUGEN 2019」のシード権も獲得した未来ゴミ箱チーム。吉松さんは、最初は6月のデジットハッカソンで終わると考えていたが、9月のROHM OPEN HACK CHALLENGE、そして12月のGUGENへとつながり、「思いのほか長期プロジェクトになりました」と笑う。今後さらに開発を続けるかどうかは、これからチームで話し合っていくという。

「いずれにせよ、ゴミ箱をめぐる社会課題からたくさんのプロダクトの使い方まで、未来ゴミ箱の開発を通じて多くのことを学べたと思っています」(柏木さん)

将来的な目標として、吉松さんは「単に面白いモノではなく、それを通じて生活が変わる、自分の抱える課題が解決するようなモノを作っていきたい」と語る。

「たとえば新しいゴミ箱の開発でも、ゴミ箱が変わることでゴミを捨てる人の行動がどう変わるのか、そういったことまで観察できるようなエンジニアになれたらいいなと思っています」(吉松さん)

吉松さんが開発中の「方向音痴を改善する」地磁気センサー内蔵ウェアラブルデバイス。光と振動で常に「北」を指し示す。「もしもsakura.ioのモジュールがここに入るサイズになると、さらに用途が広がると思います」

また柏木さんは、これまで個人的な趣味でハッカソンやコンテストに参加してきたが、最近ではそれが社内でも知られるようになり、「徐々に仕事内容にも影響し始めています」と語った。

「ハッカソンを通じてプライベートで得た知識を会社のビジネスで、また業務中に仕入れた知識をハッカソンで発揮する――そんな形で、いい循環ができるのではないかと期待しています。そのうち『仕事でハッカソンに出てきます』と言えるようになりたいですね(笑)」(柏木さん)