ニホンミツバチの養蜂IoTにsakura.ioを活用してみた

※こちらの記事は2019年7月16日にASCII.jpで公開された記事を再編集したものです。
文:大谷イビサ/TECH.ASCII.jp 写真:曽根田元

ニホンミツバチの蜂蜜採取を最適化する養蜂IoTをDIYでやっているユニークな人がいるという話をさくらインターネットから聞きつけ、取材することにした。本業で培ったIoTの知識と経験を活かし、sakura.ioで田舎のお父さんを支える上大田孝さんとアスキー編集部 大谷イビサとの養蜂8割、IoT2割の談義をどうぞ。(以下、敬称略)

sakura.ioを用いて養蜂IoTにチャレンジする上大田 孝さん

近所の人から巣箱をもらって始めたニホンミツバチの養蜂

大谷:養蜂IoTということですが、上大田さんは養蜂業を営んでいる事業者なのですか?

上大田:いいえ。私は大手メーカーでエンジニアをやりつつ、神戸で中小企業診断士をやっています。現場や業務の改善ですね。

だから、養蜂自体は私ではなく、兵庫県の姫路近郊で畑をやっている私の父がやっています。しかも巣箱を譲り受けて始めたので、完全に趣味。今から4年前ですかね。畑の水を毎回トラックで運んでいた隣のおっちゃんに水道貸したったら、お返しに巣箱が来たから育ててみるかと。

大谷:なんだかわらしべ長者的な展開ですね(笑)。あたりは養蜂が盛んな場所なんですか?

上大田:いいえ。事業として養蜂を行なうときは、普通はセイヨウミツバチを使います。われわれが想像する阪神タイガースみたいな縞のあるのはセイヨウミツバチで、巣箱から取り出した巣の付いた木枠から蜜を遠心分離機みたいなやつで取得します。規模の大きい養蜂事業者が、計画的に養蜂します。

今回使ったニホンミツバチは、野生にいる日本の在来種。蜜は刺激がなく、サラサラしてるのに、味が濃いです。だから固定ファンがいます。

でも、ニホンミツバチは、たまたま捕まえて、たまたま蜂の巣を作ってくれて、たまたま蜜が採取できたという話なんです。ほぼほぼ運みたいものなので、まず市場には流通していません。売っているとしても、うちの父みたいに趣味で採取している人が「あまったから売るか」みたいなたぐいだと思います。

大谷:なるほど。農家が食べきれない野菜売るみたいな感じですね。じゃあ、巣箱もらって育ててみたら、思いのほかとれちゃったという話なのでしょうか?

上大田:そうなんです。巣箱1つもらって育ててみたら、「めっちゃとれるやん」となって、ビギナーズラックなのに欲が出ちゃったんですよね。調べてみたら、「めっちゃ希少価値高いやん」となって、翌年は10箱作ったら、全然とれんかったという話です(笑)。

大谷:イソップ童話のように含蓄のある話です。

上大田:でも、その課程でうまくいかない理由もわかってきました。

まずはハチが巣箱を見つけてくれないということです。ハチって蜂の巣からとれる蜜蝋(ミツロウ)の匂いをかいで来るので、まずは蜜蝋を巣箱に塗りました。でも、こうするとハチは集まるんですが、蛾の幼虫に食われてしまう。なので、次はこうした害虫を駆除する薬をまいたり。とにかく調べてみたら「養蜂の失敗あるある」がいっぱいだったのです。

大谷:さすが中小企業診断士ですね。で、カイゼンの結果はどうだったのですか?

上大田:初年度(2015年)は1箱とれて喜んだのですが、2年目は全然ダメでした。でも、3年目は3箱、4年目は10箱。今年は20箱中、すでに13箱入っているので、年々収穫量は増えている感じです。

今はネットや道の駅で売っているのですが、もともと収穫量が少なくて、単価が高いので、店の人ががんばって売ってくれます。

Kami-Gブランドで販売しているニホンミツバチの蜂蜜

LTEで直接送信できるsakura.ioに行き着いた

大谷:ここまで養蜂に興味を持つ読者にはささる内容になっているのですが、そろそろアスキーっぽく養蜂IoTにつながりそうでしょうか?

上大田:はい。10箱設置した3年目ですかね。父も兼業農家なので、巣箱を見回れるのって週末だけで、限界が生じてきたんです。しかも巣箱って、人目のある場所に設置するわけではないんですよ。花があり、水があり、日当たりがよいという条件になるので、どうしてもいろいろな山の中にまたがって設置することになります。

しかも巣箱や重石で18kgなので、蜜が30kgフルで溜まると50kg近くになります。さすがに50kg近い巣箱を70歳近くの父が山から持ってくるのは危ないし、なんとかしてあげたいなあと思った結果、巣箱を監視するIoTという話になるわけです。以前から、父親も「大変」と言っていたのですが、「見に行ったのにとれてないから大変」なのではなく、「めっちゃとれていて、運ぶにも重いから大変」だったんです。だったら、早く言えよと(笑)。

山の中に設置した巣箱

大谷:確かにとれているのに放っておくのはもったいないですよね。上大田さんはIoTにもなじみがあるんですか?

上大田:本業で工場向けのIoTの実証実験をやっているので、通信手段だけなんとかなれば行けると思ってました。

工場の場合は2.4GHzの端末をばらまいて、ゲートウェイを介して、クラウド側に発報するのですが、巣箱の場合はいろいろな山に置くので、ゲートウェイを集約する意味がないんです。だから、巣箱に設置したデバイスから直接発報した方が効率が良いのです。

大谷:確かに工場と違って、アウトドアのIoTですよね。

上大田:もちろんWiFiルーターを設置する手段もあるのですが、巣箱が増えた場合に、コストがリニアに跳ね上がっていくのがつらい。ということで、IoT向けのSIMや通信サービスを探してたら、sakura.ioに行き着きました。

大谷:とはいえ、IoTサービス自体はいろいろな選択肢ありますよね。

上大田:通信料が安いサービスはけっこうあるのですが、モデムまで含めると3万円くらいまでいってしまう。データも小さいし、1日何回か送れればよいので、トータルで安価なサービスを調べたらsakura.ioになりました。

養蜂監視で必要な温度と巣箱の重量を採取するには?

大谷:いまさらっと温度と重量とおっしゃいましたけど、養蜂IoTにはどんなデータが必要なんですか?

上大田:行政が出している養蜂のガイドラインを見ればわかるのですが、ハチにとっては34℃が適温なんです。つまり、34℃に近い温度だったら、ガンガン蜜が溜まる可能性が高いというわけです。だから、ニホンミツバチは温度が低かったら、羽をこすり合わせて、34℃にまで上げます。

大谷:確かニホンミツバチって襲ってきたスズメバチを熱で蒸し殺すんですよね。熱殺蜂球でしたっけ。

上大田:でも、スズメバチ大群で来るんですよね(笑)。逆に巣内の温度が34℃より高かったら、羽を使って外気を入れて、巣箱を放熱します。

大谷:こうなると空調的にはなんだか、さくらの石狩データセンターみたいですね。

上大田:だから、巣箱の中と外気の温度は必要でした。

あとは巣箱の重量。とれすぎては困るし、持って運べるくらいの重さで収穫したいというのが、そもそものきっかけですから。

大谷:じゃあ、重量センサーも必要だったんですね。

上大田:はい。重量を計るために「ロードセル」というセンサーをベースに自作したのですが、よく考えてみると体重計と原理が同じなんですよね。実際に体重計を買ってきて、ばらしてみたら、自分が買ってきたロードセルと同じものが入っていたんです。ロードセルは1個1000円でしかも4つ必要になるのに、量産品の体重計は1200円。だったら、最初から体重計を買ってくればよかったなと(笑)

巣箱の下に設置されたIoTデバイス

今はArduino UNO R3にシールドを載せて、温度や重量センサーを付けています。本業でメーカーも知っているので、ケースも汎用品です。

巣箱の重量が減ったのはなぜか? データと動画でわかった

大谷:sakura.ioのデータは遠隔から見ている感じですか?

上大田:sakura.ioに飛ばして、Outgoing Webhooksの機能でJSONを自分のサイトに飛ばして、温度や重量をグラフで見られるようにしています。

今は30℃なので、もう少し温度上げる必要があります。温度が34℃近くなると、ハチが活発に動き、蜜が沢山溜まります。適切な温度だと、だいたい1日で500gくらいずつ増えますね。

大谷:なるほど。では、蜜がとれるとともに、巣箱の重量が増えていって、適当なタイミングになったら、巣箱を回収しに行くんですね。

上大田:そうです。当然、蜜は溜まっていくものなので、重量は増える一方だと思っていたのですが、あるときグラフを見たら、減っていたんです。だから、父親に「減ってんねんけど」って相談したら、巣箱を調べた父親が「ハチが巣箱から蜜を持って出よるわ」って言うんです。

大谷:えっ?

上大田:ハチって、1匹の女王バチに対して、1~1.5万匹の働きバチで、1つの集団が構成されます。だから、女王バチが増えた段階で、もともと巣箱をくれた隣のおっちゃんのところに分蜂したんですよ。ハチにとってみれば蜜は食料ですから、飢えをしのぐために、自分たちが溜めた蜜を分蜂先に持って行ってしまうんです。だから、本当に重量が減っていたんです。

父親に巣箱の動画を撮ってもらったのですが、入っていくハチより、出て行くハチの方が明らかに多い。まずはその動画で「めっちゃ持っていってるやん」となり、ハチが分蜂先に行ったことはあとからわかったんです。

大谷:なるほど。裏を返せば、巣箱の重量が減ってしまった原因が、ハチによる蜜の持ち出しであることを動画とデータで実証できたわけですね。

上大田:ハチって分蜂するときに特定の周波数帯で通信するんです。その分蜂時の女王バチの鳴き声を周波数解析して検知する仕組みを特許として出願したんです。まあ、検知するためにはそこそこのCPUがないと難しいんですけどね。しかも、農業IoTの分野ってまだまだ特許出願が少ないのでブルーオーシャンです。今まで赤い海しか泳いだことなかったので、楽しいですよ(笑)。

大谷:確かに、知的好奇心をそそる分野ですね。

課題はセンサー設置のたびに刺してくるハチ

大谷:今回の養蜂IoT、導入にあたって苦労したことはありましたか?

上大田:sakura.ioとは関係なく、まずセンサーを設置するときにハチに攻撃されます。設置するときは、父が巣箱を上げて、その間に私がセンサーを取り付けるのですが、本当にコントみたいでした(笑)。父も苦労してますが、私も様子を見に行ったりするので、怖いですね。

巣箱から蜜を取り出す

取り出した蜜

大谷:コント(笑)。確かにハチからすると、食べ物を狙っている敵にしか見えないですからね。sakura.ioは使ってどうでしたか?

上大田:使いやすいと思います。線を引っ張ってI/Oとるみたいなことが無線になりましたというイメージで、ほしい人は多いと思います。意外とこの価格帯でモジュール単位で使えるIoT製品ってないですよね。僕らはあくまで課題解決に向き合いたいので、その意味ではSIMだけだと難しかったんです。

当初は電力が課題でした。最初に巣箱を置いた畑は、100V電力が引かれた休憩所があるので電力の心配がない。でも、山の中に置くこと考えたら、やはりバッテリ駆動してくれないと困ると思っていました。とはいえ、父がリサイクル会社に嘱託で勤めている関係で、車のバッテリがなんぼでも手に入る。12Vのバッテリが選び放題なんです。

大谷:珍しい環境ですね(笑)。sakura.ioの電力利用ってどんな具合なんですか?

上大田:sakura.ioは意外と電力食います。sakura.ioをミニマム10分間に1回の発報でも最低通信料60円に収まります。でも、これだとギリギリ1週間もつかもたないかですし、そもそも巣箱見回り用途なので10分間に1回も送る必要ないんです。だから、今は1日1回にしています。

実は本業の方でさくらの長谷川さんと知り合う機会があり、そこで個人でsakura.io使っているんですよと話したら、ファームウェアをアップデートしたら消費電力減りますよと個別にアナウンスしていただいて、試してみたら実際に延びました。その後、太陽光発電でバッテリに給電するようにしたら十分もつようになりました。だから、もう増やすのに障壁はないです。

大谷:そこまで自作したんですね。すごい!

上大田:一番、困るのは複数の巣箱でとれるタイミングがすべて同じになることなんですよ。採蜜の作業って、蜜のついた巣を洗濯ネットみたいなやつに入れて、ひたすらポタポタ落ちてくるのを待つんです。だからめちゃくちゃ時間がかかるし、ポリタンクもそんなにいっぱいありません。

採蜜の作業を経て、蜂蜜として採集できる

大谷:なるほど。一方の巣箱で蜜を溜めている間に、もう一方の巣箱では巣を取り出して、採蜜作業に入るという感じにしたいんですね。1年中出荷する野菜とか、漁業のいけすとかはそういう感じですね。

上大田:すべての巣箱が毎回20kgとれるまで待つのではなく、戦略的にずらしたいのです。センサーを全部に設置すれば、そういったことも可能です。

あと今後は小型化したいんですよね。電波の利得を考えれば確かにダイポールアンテナがいいのですが、他社製品だとフィルムアンテナなども選べるので、小型化を考えるとアンテナの選択肢もほしいですね。

養蜂IoTからスタートし、介護や食品の衛生管理まで幅広く使える

大谷:これって、今後はどうするんでしょうか? ここまで作ってちょっともったいないかなと。

上大田:もともと養蜂って個人事業者が多い業界だし、私自身が中小企業診断士でもあるので実感するのですが、中小零細企業でも使えるIoT端末で、そこそこの機能のものを安くできないかなと思っていました。

大谷:では、外販も検討しているんですね。

上大田:今考えているのは、ESP32というArduino互換のマイコンがあるので、これとsakura.ioをつなげられるコネクタを搭載したボードを用意して、一体化できないかな。I/Oはすべて外に出して、汎用的なものにしたら、養蜂だけではなく、農業でも使えそうです。

あとは、食品の衛生管理のために今後「HACCP」という認証制度に基づく管理が求められます。飲食店は自前で食料の品質管理を行なう必要があります。たとえば冷蔵庫の温度を管理しなければなりません。でも、現状は冷蔵庫に取り付けられた温度計を一定間隔で見てメモっています。面倒くさいじゃないですか(笑)。

大谷:確かに、さっきの養蜂IoTの話とまったく同じですよね。

上大田:だから、実証実験的に家の冷蔵庫の温度を計ってますわ。飲食店なんて、どこでもWiFi使えるわけじゃないです。だから、LTE通信できるsakura.ioのモジュールでも試してみたいなと。

身近な人の課題を解決するという意味では、中小企業診断士でやっていることと目的が合致しています。たとえば、介護ビジネスを考えているお客様であれば、やはり見守りに興味を持ちます。温湿度計ってたり、ちゃんと電気付けているかどうか調べたいんです。

大谷:なるほど。そう考えると養蜂IoTはきっかけなんですね。

上大田:お金がなくても使えるIoTを作ってみたいですよね。冷蔵庫の温度監視は基板だけでなら1万円だし、システム作っても2万円くらいで済みます。僕らが使うのって、何十台のレベルですからね。

大谷:大量生産とは異なるDIY IoTで地元の課題解決とは面白いですね。ありがとうございました。

カミ爺養蜂場を手がける上大田父子

関連サイト

カミ爺養蜂場
sakura.io