「寺院デジタル化エバンジェリスト」に聞く、お寺とデジタルの未来

※こちらの記事は2019年12月10日にASCII.jpで公開された記事を再編集したものです。
文● 大塚昭彦/TECH.ASCII.jp 写真● 曽根田元

さくらインターネットでは2019年11月1日、テラテクとの共催で、寺社を対象としたWebサイト構築セミナー/ハンズオン講習会を開催した。これからWebサイトを立ち上げたいと考える寺社向けに、「WordPress」を使った簡単なWebサイトの構築法を教えるセミナーだ。

この日のテーマは「WordPress」を使った寺院のWebサイト構築だった

この日、講師として登壇した小路竜嗣さんは、長野県塩尻市にある浄土宗 善立寺の副住職である。それと同時に、自ら「寺院デジタル化エバンジェリスト」を名乗り、寺院のさまざまな側面でのデジタル化に向けた“布教活動”を展開している。Webサイトの開設だけでなく、寺院運営のさまざまな側面でもっとデジタル/ITが活用されるように促す取り組みだ。

全国の寺社関係者とデジタル活用についての勉強会を行うFacebookコミュニティ「テラデジ!」を主宰し、善立寺のWebサイト内でオウンドメディア「Teranova(テラノバ)」も運営する小路さんに、「お寺とデジタル」の現状や、デジタル化が必要となっている背景、課題などを聞いた。

長野県塩尻市にある浄土宗 善立寺(ぜんりゅうじ)の副住職であり、「寺院デジタル化エバンジェリスト」として活動する小路竜嗣(こうじ りゅうじ)さん

紙資料の多い寺院、デジタル化の第1号案件は「お墓の地図」

小路さんの経歴は少しユニークだ。もともとは信州大学 大学院で工学を研究したのち、精密機器メーカーのリコーに就職。そこでは業務用デジタル印刷機のマシン設計を手がけるハードウェアエンジニアだった。そんな中、善立寺の一人娘である奥様と結婚することになり、2011年に退職して仏門入り。2年間の修行期間を経て、2014年に善立寺の副住職となった。

善立寺は開山から470年以上の歴史を持つ、地域に根ざした寺院である。しかし、仏門に入る前の小路さんは、仏教や寺院とは「まったく接点がなかった」と語る。もっとも、それは現代ではごく一般的な感覚と言えるのかもしれない。

「実家が何宗なのかわかりませんでしたし、仏壇もありませんでした。お寺やお坊さんといえば、アニメの『一休さん』くらいのイメージでしたね(笑)。肉を食べちゃいけない、結婚しちゃいけない、パソコンを使うなんてもってのほか――きっとそんな世界なのだろうと想像していました」

さすがに「一休さん」の世界ではなかったものの、仏門に入った小路さんを待っていたのは、デジタルやITとは縁遠い世界だった。善立寺の住職はパソコンでワープロや住所録のソフトを使いこなす人だが、檀家やほかの寺院など外部との連絡手段は電話かFAX、そして書類はすべて紙。そんな世界だ。

「たとえばお寺の会合などがあると、そのお知らせ状が紙で、封書で届きます。そして出欠の連絡は同封のハガキで返信と、今でもそんな感じです。お坊さんも20代から80代まで幅広いですから、なかなか難しいところです」

また善立寺でも、過去からのさまざまな記録は「紙」の資料として残っている。その中でも特に扱いが面倒だったのが「墓地の地図」だという。

善立寺には200ほどの墓地があるが、お墓参りの訪問客に「○○さんのお墓はどちらですか?」と尋ねられたり、小路さん自身が納骨などを行ったりするたびに、大きな紙地図を広げてその場所を探さなければならなかった。

そこでExcelを使って墓地の地図を書き起こし、それぞれの墓地に番地を振って、住職が檀家をリスト管理していた「筆まめ」に番地を記録してひもづけた。これが、善立寺で小路さんの手がけた「デジタル化第一号案件」となった。

「これで簡単に墓地の場所が検索できるようになりました。さらに、デジタル化して整理したことで、用途もだんだんと広がっています。たとえば『ここは管理者不明になっている無縁の墓地』『ここは墓地を買ったがまだお墓は建てていない』といったことが明確になりました。これは墓地管理で重要なことなのですが、管理者が不明の墓地であっても、お寺が勝手にお墓を撤去することはできません。一定期間の告知など、法的な墓地整理の手続きを進めるためにも、デジタル化が進んだのは良かったと思います」

ほかにも善立寺には、過去からの紙資料がたくさんある。事務的、マニュアル的な資料は管理負担を軽減するために、また亡くなった人の戒名を記録する「過去帳」など宗教上で重要な意味のある資料は経年劣化や災害への備えとして、ドキュメントスキャナの「ScanSnap」やクラウドサービスの「Evernote」「Dropbox」などを活用してデジタルデータでの保存を進めている。

「たとえば年に1回、夏に行う法要があるのですが、それをどのように行うかというマニュアルのような資料もEvernoteに保管しています。年に1回、1日だけ使う資料を紙ファイルで保管しておくのは負担が大きいですし、Evernoteならばテキスト、写真、動画など何でも貼り付けられて便利ですから」

この日のセミナーでは、そのほか「PFU ScanSnap」や「Dropbox」、クラウド監視カメラの「Safie」などを紹介していた

「自ら発信しなければ、お寺が困っていることに誰も気付いてくれない」

こうして善立寺のデジタル化を一歩ずつ進めていた小路さんだが、当初は積極的に情報を発信していくスタンスではなかったという。周囲の親しい人から質問されたら教える、という程度だった。

だが2016年から、小路さんは「寺院デジタル化エバンジェリスト」を名乗り、積極的な活動を展開するようになる。そのきっかけは、Evernoteの公式ブログでユニークな導入事例として取り上げられたことだった。

「『お寺でこんなふうにEvernoteを使っています』というインタビュー記事だったのですが、記事を見た同業の方から『これは便利そうだ』『自分も使いたい』とかなり反響がありました。そこで初めて『あっ、わたしが悩んでいたことは、みんなも悩んでいたんだな』と気付きました」

多くの人が同じように悩んでいるのなら、自分ひとりが便利になるのではなく、ノウハウを公開してみんなで便利になったほうがいい。そういう考えから、徐々に積極的な情報発信を行うようになった。

さらにもうひとつ、別の理由もあるという。多くの寺院、特に小規模な寺院では、中小企業や個人事業主と同じような悩みを抱えている。しかし、そこにデジタル化のニーズがあることに気付いてもらえていない現状がある。

小路さんは、「よくこの格好(法衣)でITの展示会に行くのですが、誰も製品のチラシを渡してくれません。おそらく昔のわたしと同じように、まだ『お寺の人は筆と紙で書類を書いている』イメージなのでしょう」と苦笑いする。

「実は、一般の個人事業主向けや中小企業向けのクラウドサービスには、お寺の事務作業に流用できるものも多いのです。ただ、たとえばSalesforceなど米国のサービスでは宗教法人向けの無償プランがあるのですが、日本にはほとんどない。これもIT企業の皆さんが、お寺にもニーズがあると気付いていないからではないでしょうか。だからお寺の側から、困っていること、ニーズがあることを積極的に発信しなければいけないと考えました」

エバンジェリストの役割のひとつとして、寺院側の「困りごと」を積極的に発信し、IT企業が持つソリューションと結びつけることがあるという

寺院が直面するさまざまな「危機」を乗り越えるにはデジタル化が必要

寺院がデジタル化を進めるべき理由について、小路さんは、現在の寺院が直面しているいくつかの「危機」について説明してくれた。まず、事務作業に多くの時間を取られている現状がある。

「お寺では、日課である宗教的なお勤め(法務)だけでなく、企業のバックヤード業務のような事務作業も行っています。宗教法人なので、たとえば各種申請書類の作成や郵送、経理作業といったものですね。その間にかかってくる電話には絶対に出なければなりませんし、FAXでの連絡も来ます。会議や研修などの外出、移動も頻繁にあります」

特に善立寺のような“家族経営”の寺院では、1人や2人でこの作業を担わなければならない。他方で葬式の予定は急に入る。家族の病気やケガ、介護への対応といった家庭の用事もこなさなければならない。さらに近年の仏教界では、社会貢献活動なども強く求められるようになっており、そうした時間も必要だ。

つまり、事務作業を効率化/省力化して時間の余裕(バッファ)を作らなければ、家族のための時間、あるいは新たな地域貢献活動や研修、学習などに充てる時間はとても取れないのが現状だという。

こうした忙しさは、僧侶自身の「働き方」にも悪影響を及ぼしている。ニューズウィーク日本語版の記事(2018年)では、1カ月あたりの残業時間が100時間を超える「過労死予備軍」の比率が高い職種のランキングで「宗教家」がトップに挙がった。「このままでは、お坊さんになりたいと考える人自体が減ってしまいます」と、小路さんは危機感をつのらせる。

もうひとつ、寺院の存立基盤そのものにも危機が訪れている。国内人口の減少に伴い、今後25年間で全国約900の市区町村が“消滅”する可能性があると言われているが、全国およそ17万7000の宗教法人(寺院、神社など含む)のうち、そうした“消滅可能性地域”にあるのは全体の約35%、6万法人以上に及ぶという(国学院大学 石井研士教授の試算、2016年)。特に善立寺のように、地域の檀家に支えられているような寺院ではその影響が顕著に表れるだろう。

「実際に、地方ではすでにお寺が減少しつつあります。住職がいないお寺が出てくると、1人が(残ったほかの寺院が)2つ以上の宗教法人を管理することになり、負担はさらに増えます。未来永劫とは言いませんが、今後100年間、地域の菩提寺を存続させていくためにも、デジタル化は欠かせないと考えています」

デジタルのコミュニケーションで場所、地域にこだわらない新たな「縁」を作る

小路さんがデジタル化を進めるべきと考えるもうひとつの側面が、寺院と社会/人々との「コミュニケーション」だ。

善立寺では2018年1月に公式サイトを立ち上げた。もともとは、年2回発行している寺報(檀家に配布する会報誌のようなもの)を掲載したいと考えて始めたという。さらに寺院として、正確さが保証された「公式の情報」を発信することも大切だと考えた。

この日のセミナーでも、寺院が公式サイトを設置し、正確な情報を発信していくことの大切さを訴えた

ただし現在、善立寺がサイトに掲載されているのは、善立寺の歴史や永代供養などの案内、地図や問い合わせ先といった静的な情報だけではない。小路さんはサイト内にWebメディア「Teranova(テラノバ)」を立ち上げ、たとえば自身が行った講演やボランティア活動のレポート記事、さまざまな活動を行う若手僧侶のインタビュー記事なども執筆、掲載している。

地域人口の減少という問題は非常に大きい。小路さんは「善立寺のような地方の小さなお寺は、まずはその厳しい現状を受け入れないといけません。そのうえで、もっと場所や地域にとらわれない『新たなつながり方』で、お寺と縁をつないでくださる方を増やしていくしかないと思います」と語る。そのために、従来どおりの対面のコミュニケーションも、新しいネットでのコミュニケーションも、両方の「窓口」を持つことが大切だと考えている。

「地元の方、特におじいちゃんおばあちゃんの世代とは、これまでどおり対面のコミュニケーションが良いでしょう。ただ、檀家さんでも若い世代の方は都会に働きに出ていて、お寺とのリレーションがない。そこで、新たな接点となるデジタルな窓口の必要性も感じています」

善立寺の公式サイト。Webメディア「Teranova」では積極的な情報発信も行っている

実際に、善立寺の公式サイトを開設してから、サイト経由で「墓じまい」や「永代供養」の相談や問い合わせが来るようになった。しかも、Teranovaの掲載記事を見て「小路さんがどんなお坊さんなのかがわかったので、相談しやすかった」という声は少なくないという。寺院との接点が少ない人が、誰に相談したらよいのか困っている現状は間違いなくある。安心して相談ができる関係を作る、「顔の見える」情報発信は大切だ。

さらに別の側面でも、もっと積極的に情報発信をすべきだと小路さんは語る。

「最近では、さまざまなお寺が積極的に社会貢献活動、ボランティア活動をやっているのですが、その実態が情報発信できていない。“株主への説明責任”ではありませんが、われわれはお檀家さんのご支援でこうした活動ができているわけですから、その成果はきちんとお伝えしなければならないと思うのです」

寺院デジタル化エバンジェリストとしての今後の活動について、小路さんは現在、仲間とともに「お坊さん向けのコミュニティサイト」立ち上げを計画していると話してくれた。全国の寺院が抱える課題や悩みを互いに相談、共有できる場を作ると同時に、その解決に役立つデジタルやテクノロジーを学べる場を作っていきたいと話す。

「困っているお坊さんは全国にいるのですが、特に地方では、そうしたことを学べる機会が少ないのが実情です。また、それを伝える(教える)場も現在のところWebには存在しません。テクノロジーやITにあまり興味のない人でもアクセスできるような何かを作らないといけないな、と考えています」

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