「産業データ分析専用クラウド」のPredix Cloud、そしてIndustrial Internetのインパクトをざっくり考えてみた
「IoT(Internet of Things、モノのインターネット)プラットフォーム」と呼ばれるサービス、あるいはコンセプトを主要ITベンダーが続々と発表しています。そのなかでも、独自の位置づけにあるサービスが、GE(米ゼネラル・エレクトリック)が発表した「Predix Cloud」です。ITベンダーではなく製造業大手であるGEが提供するサービスであることが、大きな注目点です。
Predix Cloudとは何か。以下のリンクは、本記事執筆の10カ月前、2014年10月10日づけの発表です。
GE、インダストリアル・インターネット向けプラットフォーム「Predix」を全ての企業で利用可能に(2014年10月10日)
「GEのソフトウェア部門が年間10億ドルの売上げを達成する見込み」という発表から始まり、ソフトウェア・プラットフォームPredixを2015年にリリース予定であると述べています。この発表ではクラウドサービスという性格は出ておらず、産業向けに提供する「予測精度を高めるツールボックス」の一要素がPredixであるとの位置づけです。
次のリンクは、本記事執筆の直前である2015年8月5日の発表です。ここでは「産業向けクラウドサービス」としてPredix Cloudを説明しています。
次のリンクは、本記事執筆の直前である2015年8月5日の発表です。ここでは「産業向けクラウドサービス」としてPredix Cloudを説明しています。
GE Announces Predix Cloud - The World’s First Cloud Service Built for Industrial Data and Analytics(2015年8月5日、日本語訳もあります)
GEの表現によれば、Predix Cloudとは、世界で唯一の「産業データ分析専用クラウドソリューション」ということになります。一般の企業向けには2016年からリリースするとしています。
Predix Cloudとは何か、他のクラウドサービスとどこが違うのか。ざっくり言うと、製造業をはじめとする産業分野のマシンデータ──例えば、就航中の飛行機のジェットエンジン、製造ラインの加工機械、医療現場の医療用電子機器などが作り出す大量のデータ──を収集し、そこから得られる知見や知識を活用し、予測精度を高めることを狙っているのです。
ファーストユーザーはGE自身です。2014年10月の発表時点で、同社は1000万件のセンサーから入手する5000万件/日のデータ要素を監視、分析していると明かしています。このようなデータ収集と分析の能力を他社にも提供し、より大量の分野横断的なデータを集め、より良い知見を得ようとしているのです。
発表文では、GEは「将来的にはお客様が想定外の稼働停止を完全に回避できるようにしたい」と述べています。例えば、センサーによる機器監視を徹底することで予測能力を上げて機器が壊れる前に修理可能とし、想定外の事態を回避できるようにします。これが実現すれば、稼働率向上、歩留まり向上という形で、製造業の競争力を直接的に向上させます。産業分野は分母の金額が巨大なので、こうしたわずかな改善が巨大なリターンにつながります。GEのすべての顧客が資産に対して1%のパフォーマンス改善を達成できれば、合わせて年間200億ドルの利益向上につながるそうです。
ユーザーが本当に欲しいものは、ITの製品やサービスではありません。製品やサービスを導入することによる結果──製造業であれば稼働率向上、歩留まり向上、環境変化への対応能力向上などを求めているのです。ユーザーが欲しい“結果”にフォーカスしている点で、Predix Cloudは要注目の存在と言えます。
主要ITベンダーは「IoTプラットフォーム」の整備を急ぐ
製造現場に張り巡らされたセンサー、それらを結ぶネットワーク、そこから発生する大量のデータを蓄積、分析する枠組み、そしてそれらのデータから知見を抽出し、異常発生を検出する機械学習の枠組み。これら製造業が求めている仕組みを構成する要素技術は、いまでは特に珍しいものではありません。
IBM、SAP、Salesforce.com、Cisco、Amazonなどの大手ITベンダーはみな「IoTプラットフォーム」をラインナップしています。日本の大手SI企業も、IoTプラットフォームや業種別IoTソリューションの発表をするようになっています。
ここでIoTソリューションとは、製造現場のセンサーなどが発生する大量の「マシンデータ」を収集、蓄積、分析するための仕組みをトータルに提供できる能力です。ストリーム処理と大量データのバッチ処理(Hadoopなど)を組み合わせる「ラムダ・アーキテクチャ」や、大量データを発生と同時に処理することを狙う「インメモリ技術」などに注目が集まっています。大量のデータを収集、分析し、あるいは機械学習のインプットとして使い、得られた知見を製造ラインの異常検出などに結びつけ、パフォーマンス改善に結びつけようとしています。
他のITベンダーの脅威になるのか
GEのPredixでは、個別の技術要素は他のITベンダーでも提供できるものばかりです。違う点は、ITベンダーではなく製造業であるGEが自ら提供することです。実際、Predixの発表文では、開発や運用は「他社のクラウドを使うことも可能」としています。つまり、GEはクラウドを売ろうとしているのではなく、同社の知識を売ろうとしているのです。自分自身が製造業、医療、航空など各分野のビジネス経験と専門知識を持っていることがGEの強みであり、Predixの強みでもあるわけです。
同社は「Predixは産業界が必要としているスペックを満たしている」と主張しています。現場から発生する大量のデータ──例えば、ジェットエンジンの運航から発生するデータ、あるいは医療分野で発生し続けるMRI画像など──を収集し続け、分析し続ける仕組み、それに「ゲーテッド・コミュニティ」型のセキュリティモデル、つまりパブリッククラウドとは異なる専用線によるクラウド活用モデルなどです。
もちろん、GEはITやクラウドの専門ベンダーではありません。しかしクラウド技術の開発を手がけるPivotalに出資するなど、最新のクラウド技術にアクセスできるように手を打っています。このPredixでも、Pivotalが主体となって開発を推進するオープンソースソフトウェアCloud Foundryに基づくPaaSの提供を目指しています。Cloud Foundryといえば、IBMのBluemixでも使われているPaaSの技術です。
実際のGEのビジネス現場で、他のITベンダーがどれだけ関与することになるのか、現時点でははっきりとわかりませんが、Predix Cloudの発表文では「他社のクラウド上でも実装予定です」と記されています。実システムへの導入では、複数のベンダーがPredixのパートナーとして協調して動くことになるはずです。
このPredixがどう成長していくのか、業界にどれだけのインパクトを与えるのか、非常に気になります。
産業界へのインパクトを示す興味深い動きがあります。GEを含めた米国のITベンダー5社(他にAT&T、Cisco、Intel、IBM)が設立した「Industrial Internet Consortium(IIC)」です(関連記事)。このIICには、富士通、日立製作所、NEC、三菱電機、富士電機、富士フィルム、東芝、トヨタ自動車販売といった、日本ではお馴染みの企業も参加しています。
ざっくり言うと、Industrial Internet(産業インターネット)の概念を実装したものが、すなわちGEのPredix Cloudと考えていいでしょう。大筋として、上に名前を挙げたIICのメンバー企業はPredixの想定顧客、あるいはパートナーと考えていいでしょう。
このIndustrial Internetと非常に似た位置づけにある概念として、ドイツが国策として推進する「Industry4.0」があります。製造現場などに張り巡らされたセンサーから得られたデータから知見を得て、競争力が高い「スマート工場」を作り出す構想です。
産業クラウド、産業インターネット(Industrial Internet)、第4次産業革命(Industry4.0)──こうしたキーワードが示すものは、製造業を筆頭とする産業界が、最新のデジタルテクノロジーを競争力向上に結びつけようとする動きです。
産業界、ITベンダーが今後どのような形で連合を組むことになるのか。この先、まだまだ大きなことが起こりそうな予感があります。