7年間IoT事業に関わって思った、月額サービスで大事なこと
目次
はじめに
さくらインターネットの西田です。私からは「7年間IoT事業に関わってきて思った、月額サービスで大事なこと」と題してお話しさせていただきたいと思います。ちなみに7月1日に所属部署名が変わりまして、それまでは「IoTプラットフォーム事業部」という名前だったのが「DX事業部」になりました。
自己紹介
西田有騎と申します。今はDX事業部のマネージャーという肩書ですが、具体的にはさくらのIoTサービスのプロダクトマーケティングマネージャーをしています。このあとお話しする「さくらのセキュアモバイルコネクト」というサービスや「さくらのモノプラットフォーム」というサービスについて、誰に向けたサービスを作るべきか、サービスにどんな機能を入れるべきか、できた機能を誰にどうやって伝えていくかという、いわゆるマーケティング全般を考える人として覚えていただければいいかなと思います。
今日伝えたいこと
今回の発表ではこんなことを伝えたいなと思ってます。
1つ目は、月額サービスって、お客さんのニーズを吸い上げるというか、それに愚直に対応して、そしてサービスを良くしていくというループがすごい大事だなという話です。
2つ目は「カスタマーサクセス志向」という考え方が、お客さん自身の末長いご利用と高いライフタイムバリュー(LTV)を生み出すという話です。
3番目に、お客さんだったり市場のニーズというのは、本当に僕らが望もうと望まずとも変化するという点をお伝えしたいです。そして、その変化に対応するために、ときにはサービスの再構築を検討することも必要というのがあります。実際にさくらのIoTでもそういったケースがありましたのでのちほどご紹介します。
言葉の定義
本題に入る前に、いくつか言葉の定義をしておきます。
月額サービス
まず、今回の発表タイトルにも入っている「月額サービス」という言葉について、少しお話ししておきます。
最初は「サブスク」と書いた方が分かりやすいかなと思ったんですけど、サービスによっては「サブスクリプション」とか「サブスク」と呼んでいるものもあれば「リカーリング」と表記するものもあります。前者は、お金を払ったら注文し放題とか配送料ずっと無料みたいなやつです。Amazon Primeやさくらのレンタルサーバのように、サービスを利用する「権利」に対して月額で契約いただくものがサブスクと呼ばれるものです。
一方で「リカーリング」というのは、コンサンプションモデルというか、使用した量に対して請求しますよというタイプのものです。シェアサイクルやコピー機のインクのカートリッジなどが例として挙げられると思ってます。
さくらのIoTのサービスには、どちらのタイプのものもあります。そこで、この発表では両者をまとめて「月額サービス」いう名前で呼ぶことにします。
カスタマーサクセスとLTV
それから「カスタマーサクセス」と「LTV」です。カスタマーサクセスは文字通り「お客様の成功」なのですが、広い意味では弊社のようなサービスの提供者(事業者)がお客さんに能動的に関わって、そのお客さんの成功を支援しましょうという活動も含めて「カスタマーサクセス」とここでは表記します。
LTVはLife Time Valueの略で、お客さんが僕らのサービスを使ってる間に生み出してくれるトータルの売上や利益という価値の合計です。よくある計算式としては、月額の平均単価があって、それを継続月数で掛け合わせるとだいたい算出できます。お客さんが末永く成功して、より多く、より長く使っていただくと、LTVが大きくなって、僕ら儲かってるよねと言えることになります。
さくらのIoTって何?
さて話を戻して、「さくらのIoT」っていったい何かという話です。
さくらインターネットの理念は「『やりたいこと』を『できる』に変える」という、まさにカスタマーサクセスみたいなことを掲げてるわけなんですけど、それをIoTという軸でサービスを提供するブランドの総称です。もう一つ言うと、コンシューマーとか消費者みたいな人たちが使うサービスというよりは、そういうサービスを作りたい人たち向けのサービスです。いわば中間商材みたいな感じですね。
IoTサービスの立ち上げ
こういうサービスが作られる流れがどうだったのかと過去を振り返ってみたんですけど、市場の声っていうのはもともとありました。僕もこのチームに入って7年で一番古株なんですけど、僕が入る前から「メイカームーブメント」と呼ばれる流れがありました。CADや3Dプリンターをいろんな人が使えるようになって、簡単にモノづくりができるようになる、個人でも参入できるんじゃないかという期待が世の中にあった時期です。僕らのまわりでもそういうサービスが出てたし、DMM.make AKIBAのようなファブスペースみたいな場所もありました。こういう時代の流れが来てるんだから、モノづくりをする小規模なお客さん向けに、IoTニーズを叶える新サービスを作ったら売れるんじゃないの?っていう流れがあったようです。
その中で僕もチームに入って、2017年4月に「sakura.io」という名前でサービスをリリースしました。これは何かと言うと、個人が扱いやすいように、通信モジュールを組み込んだ形で提供して、かつその通信先となるプラットフォームを全部こちらで用意します。「あなたたちはこれを組み込んでもらえればIoT的なものができます」みたいなことを言ってサービスを出しました。
すると僕らの狙い通り、個人事業主やマイクロ法人なお客様が「面白いじゃん」とサービスを作ってくれて、実際にそれが市場に使われるようにもなりましたので、一定の支持は獲得できたのだろうと思っています。
顧客から出てくるさまざまな要望
でも、サービスを提供し始めてから徐々にヒアリングしていくと、違った意見も出てきました。どんな意見かというと「この通信モジュールに入っているSIM、つまりモバイル回線だけちょうだい」というものです。
sakura.ioは小規模なお客さん向けに作ったサービスですが、大規模な顧客にも使ってもらえるように作ってはいました。でも大きい事業をしている方は自分たちで設計できるし、製造までできるんですよ。すでにできている仕組みを変更するのは面倒臭いので、回線の部分だけを置き換えたいというニーズですね。その事業者におけるモデルチェンジの中で、より安くてより安全でよりつながりやすい回線というニーズに、我々のSIMがマッチしていたわけです。
さらに、僕らが提供していた通信モジュールにもいろいろな注文が出てきました。具体的には、長期にわたり採用されるようなものに組み込みたいとなると部材がちゃんと調達されるのかとか、コネクターの強度は大丈夫なのかというような、信頼性に関する心配が出てきます。また、「俺はこの細いパイプの中に通信モジュールを入れたいんだ」というようなサイズに対する要望や、省電力性という観点でファームウェアの中身を変えたいというような、カスタマイズに関するニーズもありました。僕らとしては一応、小さいからところから大きいところまでいけるように作ったつもりだったんですが、sakura.ioっていうサービス自体の提供形態が制約になってしまうことがあることもわかってきました。
サービスモデルを再考
そこで僕らの中でも徐々に、サービスモデルをちょっと考え直さないといけないねという話が出てきました。この議論は結構長い時間をかけてやったんですが、その中で、現在のモデルには課題も良いところもあるよねという話になりました。
課題としては、やっぱりsakura.ioを採用してもらうにはお客さん側で設計変更が必要になっちゃうとか、通信モジュールがデバイス要件を満たしてくれないケースがあるとか、通信コマンドも提供してたんですが新しい学習コストが発生しちゃうとか、通信モジュールはLTEの利用が前提になっているんですがそこが制約になっちゃう(例えばBluetoothや有線でよい)ケースもありました。
一方で良いところを振り返ってみると、僕らが全部マネージドなサービスとして提供しているので、お客さんが1〜2台から始めて1000〜1万台の規模になったとしてもスケーリングはさくらに任せられるし、コストも決まってるから試算しやすいというのがあります。さらにファームウェアも当社で作ってアップデートの仕組みも提供しているので、お客さん側であまり深く考えなくてもよいというのも挙げられます。最後に、これはデメリットになりうる点もあったんですが、僕らが提供しているIoTデバイス側の回線は閉域網、つまりインターネットに出ずに接続できるので、セキュリティの確保がしやすいという点もありました。
サービスを2つに分割
このような課題をクリアしつつ良いところを残していくことを考えた時に、結局サービスを2つに分けようという話になりました。ここはいろいろあったんですが、最終的にはIoT向けのモバイルネットワークサービスとして提供する「さくらのセキュアモバイルコネクト」(セキュモバ)と、クラウド側に存在するIoTのプラットフォームサービスである「さくらのモノプラットフォーム」(モノプラ)という2つに分割しました。逆にハードウェアはやらない(従来提供していた通信モジュールは提供しない)と言い切りました。それがお客さんにとってのデメリットになっちゃうことが僕らの中でわかってきたからです。
さくらのセキュアモバイルコネクト
セキュモバの紹介はスライドを見てもらうとして、いろんなメリットが出せるようになりました。すごく安く提供できるとか、sakura.ioのときには提供できなかったことですが1枚のSIMで3キャリアにつなげられる仕組みができたとか。あとはもともとあった、インターネットと直接通信しないので安心という話。しかもさくらのクラウドのローカルネットワークにつながってくれるから、その中でシステムを完結させることも可能という特徴ができました。
さくらのモノプラットフォーム
一方、モノプラの方はサービスのリリースに結構長く時間がかかっちゃったんですけど、その頃に考えたコンセプトを記者発表向けの資料から抜粋するとこんなところになります。
まずハードウェアにロックインされるのは良くないと。どんなハードウェアからも利用できるようにしたいとか、ハードウェアをやめるのでファームウェアはどうするんだという話が出てきたんですが、だったらもう僕らのお手本をどんどん開示していこうと。僕らとしてはプラットフォームを使ってくれればいいので、ハードウェアまわりの組み込みソフトウェアの部分はマーケティングツールみたいにどんどん出していくことができるんじゃないか、というのを考えました。そして、頑なに変えなかったのが、わかりやすくムダがない課金体系であるべきだという点ですね。
そして2022年の3月、sakura.ioからは5年ぐらい経ちましたが、やっと単体のプラットフォームサービスとして提供できるようになりました。セキュモバと同様に1台から提供できます。そこから何台にスケールするかわからない新規事業みたいなところでも使えるようにです。それから、設計情報をちゃんと公開していきます。今後もどんどん増やしていこうとしています。しかも、sakura.ioでも提供していた通信モジュール的なものや、市販のマイコンボードにそのまま組み込めるような拡張ボードみたいなものも僕らが設計して、一式までは無償提供、さらにその設計情報も全部開示しています。なので、お客さんが同じものを欲しいと言ってきたら「設計情報あるからそれで作ってください」と言えます。さらにパートナーと連携して1個ずつ購入できるようにもしました。
さらにサービス内容を考える中で、大量生産されるものに組み込まれる時には何が必要なんだろうっていうのと、課金体系もすごく重要だという話になりました。具体的には、登録されていても通信していないデバイスだったら課金は発生しません。このようにすると、最大1万台使うんだけどいつ出荷されるかわからないのが9000台ぐらいあります、というような事業者がムダなコストを払わずに済みます。あるいは特定の季節の3か月だけ稼働するようなものも、その3か月分だけ費用をください、その代わりにたくさん作って売ってください、ということが言えるようなものにしたいというコンセプトでサービスを作っていきました。
各サービスの現状と展望
いろいろ苦心しながらリリースさせていただいたおかげで、最近は引き合いが増えてきました。最初こそ顧客の開拓をどうやってやればいいんだみたいな話もあったんですけど、意外と長くやっていくと声がかかるもので、セキュモバに関しては結構大きな引き合いをコンスタントにいただけるようになってます。数万台規模のデバイスに組み込んでいただいて通信している事例もあります。
ただ、セキュモバというサービス自体は純粋な回線のサービスなので、あまりそこに対して機能を付加することは難しいです。よって、対象の業界を特化せずに、どの業界にも刺さるように広く狙っていく戦略を取っています。基本機能はだいたい確立したと考えて、今後は品質を上げたり管理性を高めたりっていう方向にシフトしていってるところです。ダウンタイムもあまり具体的な数字は出していませんが、2020年から2022年の間でどれぐらい変わったかを調べてみると1/20になってました。もともとどれだけ止まってたんだって話もありますが、今はかなり安定してきています。
一方でモノプラは、汎用的に行き過ぎるとどっちつかずのサービスになっちゃう部分もあるので、どちらかというと狭く深く攻めていこうというスタンスにシフトしています。というのも、そういう風にやっていこうと思っていた折に、ある業界から大規模案件のご相談をいただくことがあり、その業界で求められるものに対応していくことがこのサービスをより早く大きく成長させるために必要なんじゃないかということで始めました。なので、データの保存というような一般的に求められる機能もあれば、本当に特定の業界でしか聞かないような規格にも対応しようというところを進めていたりします。
おわりに
こんなことをやりながら7年、長いけど短かった気もするなと思いながら今回の資料を作っていました。
改めてまとめになるんですけど、伝えたいこととしては、やっぱりお客さんからニーズを吸い上げて、それがこうしたらできると思うんだよねっていうところをちゃんとエンジニアにフィードバックする、そしてエンジニアもそれをただ鵜呑みにするんじゃなくて、それはその特定のお客さんのためだけの話ではないのかを議論した上で、ちゃんと汎用的なサービスとして改善をしていくことが大事だなと。
そして、お客さんが受け入れやすい形にサービスを変えていくと、結果的にはアップセル(顧客単価の向上)とかクロスセル(複数のサービス利用)が発生して、長く使ってもらえるし高い利益を生み出してくれることになります。僕らは最初、メイカーズみたいな人たちに対してサービスを出しましたが、今ではそういったところから大きくなっている会社は本当に数えるぐらいなんじゃないかなと思ってます。こういう状況って僕らが期待しようがしまいが変わっていっちゃうものだというところは、もうルールとして受け入れなきゃならないなってことを感じます。
で、作ったサービスってすごく大事なんですけど、それに固執しちゃうとお客さんに合わないという話も出てくるだろうと思ってます。ですので、ときにはそれをいったんバラしたり、逆に少し付け足したり、特にバラすのは結構葛藤がありますが、そういうのも考えなきゃならないなということを感じました。
でもなんでやるの?って言ったら、僕の中ではIoTってものすごくやりがいがあって面白いなって思うし、リーチできる範囲が非常に広いからこそやりがいがあってやってみたいなって思う部分があって、それがこうやって7年も在籍して、IoTチームの初期メンバーで残っているのは僕だけなんですが、ただ面白いからやってます。特にお客さんの期待に応えることで売り上げが伸びてくると面白いですね。7年やってきましたが、気持ちとしては「俺はまだ月額サービスの坂を登り始めたばかりだ」と思ってこれからもやっていきます。ありがとうございました。