使い方を軸に価値を伝えるドキュメント作成の考え方
エンジニアリング業務において、ドキュメント作成は欠かせないプロセスです。しかし、専門知識を保有していることと、それを他者へ正確かつわかりやすく伝えられることは、必ずしも一致しません。今回、長年マニュアル制作および技術コミュニケーションに携わってきた平野氏に、エンジニアがより良い文書を作成するための考え方について伺いました。
平野尚志氏
国産ネットワーク機器ベンダーを60才まで勤め上げ、獲得したパラレルスキルをもとに、現在はドキュメント執筆業務に従事。スキルやワークは、マシンやLSIの制御ソフトウェア、組み込み機器用マイクロOSやソフトウェア、Webサーバー運営、事業企画(RTX1000などの商品企画やWLX/SWXの立ち上げ)、営業企画、販売促進、代理店営業、デジタルマーケティング、テクニカルコミュニケーションなど多岐に渡る。
目次
わかりやすさは「読者理解」から始まる
平野氏は、文章が難解になりやすい理由として「書き手の頭の中にある前提がそのまま文章へ反映されてしまう」点を指摘します。
「読み手は書き手と同じ知識や状況を持っているわけではありません。前提が共有されないまま説明が進むと、理解が難しくなってしまいます。」
この課題を解消するためには、読者がどのような情報を必要としているか、どの順序で提示すると理解しやすいかを意識しながら構成を組み立てることが重要です。
ユーザーとの接点が文章を変える
読者視点を持つための最も有効な手段として、平野氏は「ユーザーと直接話す機会を持つこと」を挙げます。
「利用者の思考や背景を知ることで、書くべき内容が整理されます。特定のユーザー像を思い浮かべながら執筆できるようになると、文章のわかりやすさは大きく向上します。」
エンジニアにとってユーザーコミュニティやアンケートなどは、読者理解を深める貴重な場になります。
表記の基準を整える「日本語スタイルガイド」
文章表現に迷う場面は多くありますが、その際に有効なのが 『日本語スタイルガイド』 です。
「マニュアル制作の現場で蓄積された知見が整理されており、表記揺れや曖昧な表現を防ぐための指針として活用できます。」
特に技術文書では、カタカナ表記や文体統一などの細部が読者体験に影響するため、基準となるガイドラインを参照することが品質向上につながります。
技術文書の構成は「起・承・結」を基本に
文書構成について、平野氏は従来の「起承転結」にこだわらない姿勢を推奨します。
「技術文書では“転”に相当する脱線は不要です。主要な情報に集中できる『起・承・結』の構成が適しています。」
さらに、結論や概要を先に示すトップダウンの書き方、そして図や構成図による視覚的提示は、読者が全体像を理解するうえで大きな支えになります。
「最初に構成図を置くことで、読者は“何について説明されているのか”をすぐに把握できます。」
「機能」だけでなく「使い方」を示す価値
エンジニアが作成する文書は、しばしば機能説明中心になりがちです。しかし、平野氏は“使い方を提示すること”こそがドキュメントの価値を高めると強調します。
「機能の羅列では読者の行動は変わりません。この技術をどのように活用できるのか、具体的な利用シーンが示されて初めて価値が伝わります。」
使い方の提示は、製品やサービスが持つ可能性を読者に届ける重要な工程といえます。
CSとCDの観点から見るドキュメントの役割
平野氏は、良いドキュメントとは単に説明が正確であるだけでなく、読者の期待にどれだけ寄り添い、どれだけ超えられるかも重要だと述べています。
CS(顧客満足/カスタマーサティスファクション)
情報が正確で理解しやすく、読者が「知りたいことを得られた」と感じられる状態。
CD(期待を超える体験/カスタマーディライト)
読者が想像していた以上の価値を受け取り、「この情報は役に立つ」と強い印象を残す状態。
「予想を超える使い方の提案や理解を助ける図表など、読者の思考を広げる情報はCDにつながります。」
ドキュメントそのものが、製品・サービスの魅力を強化し、読者との関係性を深める役割を担っているともいえます。
おわりに
文書作成に必要な技術は、単なる言語スキルではなく、読者への配慮を基盤にしたコミュニケーション能力そのものです。平野氏の言葉を借りれば、文章を書くことは「自分の考えを構造化し、他者へ届けるプロセス」であり、エンジニアにとっても大きな成長要素となります。
技術を正しく、そして魅力的に伝えるための“伝える技術”。その習得は、サービス価値の向上にも、組織全体の情報発信力の強化にも寄与するはずです。