【インタビュー:武蔵大学】私立文系大学のクラウド化は進んでいるか?大学のクラウド化によるメリットと今後の課題

(上部写真:武蔵学園理事・小野成志さん(左手前)と、武蔵大学情報システム部部長・緒方淳さん(左奥)に取材するさくらインターネット・滝島(右))

私立文系大学のクラウド化の流れが、近年急速に進んでいる。背景には少子化による学生数の減少に加え、ICTの高度化による学内での技術者確保の問題がある。一方武蔵大学(東京都練馬区)では、2000年代から早くも情報センターの機能を外部に移管する取り組みを行ってきた。この先進的な取り組みはどこから生まれたのか。大学ICT 推進協議会クラウド部会副主査を務めるさくらインターネットの滝島が、武蔵大学の情報システム運営に長年携わってきた、武蔵学園理事でNPO法人CCC-TIES副理事長を務める小野成志さんと、武蔵大学情報システム部部長の緒方淳さん両名にお話を伺った。

私立大学は十人十色

滝島:本日は貴重なお話の機会ありがとうございます。早速クラウドについてお話しさせていただく前に、まず大学さんにおける“クラウド”の意味は他の業種のものとは違うように感じています。大学の外にシステムを出すことを単に“クラウド”と呼ぶ人が多いように思います。

小野さん:確かに自前でシステムを管理するオンプレミス以外のものを“クラウド”と言う人は多いですね。

滝島:ですので、今日は広い意味としての“クラウド”導入のお話をお聞きしていきたいと思います。武蔵大学さんでは早くからクラウド化の動きが進んでいたようですが、なぜクラウドとして外に出すことを選ばれたのでしょうか。

小野さん:実は2000年ぐらいから、中期計画の中で情報センターとしての機能を学外に移そうという議論が進んでいました。武蔵大学は小規模の文系しかない私立大学で、学内に専門的な技術者もいなければ、まして研究者もいない。学内に情報センターがあること自体がおかしいのではとずっと考え続けていました。

滝島:2000年頃というと、まだハウジングしかない頃ですよね。

小野さん:これは今の多くの大学にも言えることなのですが、一般に大学は自前主義で、サーバーの運営からネットワークの管理まで自分でやろうとする向きがあります。しかし本学のような、技術者のいない文系私学にとって、技術者の確保は死活問題でした。こうした数少ない技術者がもし倒れでもしたら、情報センターそのものが危うくなるわけです。極端な考え方かもしれませんが、情報センターの機能を少しずつ学外に出し縮小化することで、生き残りを賭けたとも言えます。

滝島:クラウドという考え方が出る前ですが、しかし目的としては今のクラウドと一緒ですよね。

小野さん:そうなんです。今のクラウドに展開していくにあたって、2000年から考えていたことが10数年後に実現できたということになります。学内から情報センターをなくすためにはどうしたらいいだろうかと考えた時に、サーバーはハウジングして学外に移管すれば縮小していけるだろうというふうに漠然と考えていたわけです。

滝島:つまり、インフラとしての情報センターを無くしていくのが目的ということなのでしょうか。

小野さん:そうなりますね。もちろん、学内でサーバーを立てている先生方もごく一部いらっしゃって、反対の声もなかったわけではないのですが、さくらインターネットのVPSを使っていただくという形で解決できました。国立大学とかだと、自分でサーバーを立てている教員は何百人にもなりますから、そう簡単にはいかないでしょうが、この点スムーズに移行できたと思います。

滝島:なるほど、そうなると他の私立文系大学でも同じような課題を抱えているわけでしょうか。

小野さん:それが一概にも言えないのです。真逆の例を挙げるとG大学さんでは、きちんとした教員組織が情報センターにあり、今でも自分達でプロバイダまでやっています。G大学さんは幼稚園から大学まであるのですが、武蔵大学がクラウド化して外に出そうとしていた時期に、大学だけでなく幼稚園から高校まで全部自前でカバーする形で非常に大きくなりました。本学とは真逆の方向に進んだ形になります。あそこは助教さんも雇って先生方中心でやられていて、すごく一所懸命やられていますが、一方でいつまでそのサービスが続くのかと考えてしまうこともあります。もちろんこれは例外的なケースかもしれませんが、小規模な私立文系大学に絞ってみても、私学はそれぞれ組織も意志決定プロセスも違いますから、十人十色なのだと思います。

滝島:なるほど、私立大学はそれだけ多様性があるということですね。

大学のクラウド化が進むと、サービスレベルの要求が一気に高まる

小野さん:大学のクラウド化について考える上で、一つ面白い現象があります。大学で自前でサーバーを運営している時は、1年間に1時間どころか24時間ぐらい止まっても、それでもなんとなくみんな許してくれるのですが、アウトソーシングしてクラウド化した途端に、1秒とかでも2秒とかでも止まると文句を言う人がでてくるという現象があります。

緒方さん:自前でやっている時は同じ仲間がやっているという意識になるのですが、サービスを外部から買うとなると、「金払ってサービス買ったんだよね。それの品質が止まるってどういうこと」と言う人が現れます。学内でやっていた時もその人の人件費がかかっていたことを全く見ずに言っていて、コスト的にはどっちが安いか議論にもなるのですけど。

小野さん:それで外に出すとやっぱりダメだという不思議な議論になるんですよね。

滝島:サービスレベルの話は面白いですね。身内でやっているサービスには甘くて、外に出すと途端になんかサービスレベルのしきい値が上がってしまうのですね。

小野さん:人間の心理でしょうね。それこそメールサービスなんて、自前でやっていた時にはかなりいろんな不具合があったはずなのですけど、外に出した途端にちょっとでも不具合になると皆さん大騒ぎになる。

滝島:情報センターからすると、外に出したために逆にクレームが増えるといったことがあるのですね。

小野さん:クラウドサービスの面でも、個人でDropboxを使っている時はそれで満足しているのに、大学で使ったBoxは遅いとか言う人もいますね。

滝島:個人で使っていると我慢できているものが、大学が調達すると問題視し始めるわけですか。他の大学さんでは、システムが手元になくなると、システムの運用とか企画力もなくなるんじゃないかという声もあります。

小野さん:確かにそうおっしゃる方は多いのですが、そもそもなぜそのシステムがいるのですかと問いたいですね。工学系や情報系の大学でしたらなかったらそれは大変なことになります。だからその先生方頑張れとなるのですが、文学を教えている学校でそれは必要ですかと思いますね。もし本当に必要だったらそれこそコンサルなりシステムを買えばいいのです。

「セキュリティ」という言葉の裏にある本音を聞き出せ

「セキュリティ」を叫ぶ相手から本音を聞き出すことが大事と小野さん(左)は訴える

滝島:武蔵大学では、これまで様々な取捨選択をされながら運用されてきているのだなと強く感じます。普通は学内の反対などにあってなかなか順調に進まないと思うのですが、何か秘訣でもあるのでしょうか。

小野さん:大学がインターネットに繋がって以降、情報インフラについてはもう情報センターに任せて、自分たちは余計な口出しできないなという環境を長い時間の中で作ってきたつもりです。だからこうやりますと言っても、反対する人があまりいないんじゃないのでしょうか。

滝島:学内からの信頼が高いのでしょうね。

小野さん:諦めているのかわかりませんけど、言える人もあまりいないというのもあると思います。

緒方さん:言ってきたとしても、理不尽なものはないですよね。建設的な具申も結構ありますし。

滝島:よその大学さんのセンターだと、ユーザーからの苦情要望が多く寄せられると聞きます。

小野さん:やっぱり聞いちゃうから進まないのでしょうね。理不尽だなと思いながら聞いちゃうから。そこが難しいところですよね。

滝島:あんまりユーザーの声を聞きすぎてもよくないと。

小野さん:そうですね。聞きすぎるのではなくて、ユーザーの本音を上手く取り出さないといけないということがあります。よくクラウドを導入しようとする時に、「セキュリティの問題があるから入れないでくれ」と学内で反対する人達がいます。しかしよく考えると、ユーザーがそんなにセキュリティに詳しいわけがないのです。「セキュリティ」という言葉の影に言いたいことがあるのではないかと考えるようになりました。つまり、「セキュリティの問題があるからそれは入れないでくれ」というのは、それは単純にそのサービスを入れないでということなんですよね。入れないでの理由はなんだろうって考えないと、問題に辿り着かないはずです。

滝島:なるほど、「セキュリティ」と声を大きく言う人は反対したい人なんですね。セキュリティが問題ではなくて、動機が別にあるということですか。

小野さん:やりたくない時にセキュリティって言うんです。それはもうはっきりしています。ここでセキュリティという言葉を真に受けて「その問題はこうすれば解決できます」などと言ってしまっては、本音がかみ合わず不毛な議論になりかねません。これはクラウドに限らず、調達全般に関わるところだと思います。

滝島:「セキュリティ」という言葉が必殺技のようになってますね。

小野さん:とりあえず「セキュリティ」と言えば阻止できると考えている人が少なくありません。例えば事務方が情報センターが提供するサービスを拒否したいとなったら、人事はセキュリティの問題があってあなたたちは手が出せませんとか、財務は大事な情報なので、センターとは違うシステムを入れますとか、いくらでも言えますからね。

滝島:実際のところセキュリティ面はどのように管理されているのでしょうか。

小野さん:セキュリティはポリシーなので、セキュリティというものが最初にあるわけではなく、ポリシーを先に立てて対策しています。最近では変わりつつありますが、昔は、セキュリティはがちがちにすればユーザーは使いにくくなるし、使いやすくするためにはセキュリティのレベルを下げなきゃいけないので、ここのバランスをどこに取ろうかということに悩むことがありました。しかし今では、いくらセキュリティをガチガチにしたところで、セキュリティのインシデントはいっぱい発生しているわけです。水際作戦はもう完全に失敗していて、セキュリティのレベルで悩む段階は過ぎてしまっているので、リスクマネジメントをきちんとやったほうがいいですね。情報が漏れたら何をすべきかなどの業務プロセスの中での対策を考えないと、今ではセキュリティ対策ができないと考えています。

クラウド化によるメリット、東日本大震災で発揮した耐障害性

滝島:クラウドにしたことのメリットというのはどのようにお考えでしょうか。

小野さん:例えば、学内でメールサーバーを運用していた時は、サーバーが乗っ取られてスパムメールが膨大に発信され、学内の回線の帯域が潰れたことがありました。

緒方さん:そんなこともありましたね。

小野さん:でもこういうのは外に出したら、そういう問題は事業者側が解決してくれるわけじゃないですか。

滝島:さくらインターネットでは毎日のようにそういう攻撃がありますからね。

小野さん:さくらインターネットさんの中ではごく普通に攻撃を受けるわけじゃないですか。でも学内だと何年かに1回しかない現象になります。メールのスパムもそうですけど、管理全般において、クラウドのサービスのいい点ってこういうところが挙げられると思います。我々が管理して10年に1回しか遭遇しないようなことが、プロバイダさんだと1日に何百も経験している。外に出した途端にこうしたノウハウが活きてきちんと管理していただけるわけです。技術的にはそのほうが断然品質が出せます。

緒方さん:メールのフィルタリング機能もそうですね。外部に出すと、メールサーバーの迷惑メールフィルターが有効に働いていて、いきなり自分の画面のところに読めない文字がやってくるとか、アダルトサイトへの案内がくるとかそういうのがなくなってきています。こういうのは見えないものなので、意外と皆さん気がついていないですが。こういうのを自分達でコントロールしようとするとものすごく大変になります。

小野さん:スパムの対策は本当に日進月歩というか、時間ごとに進歩しているので、ああいうものを自分達でおっかけているときりがないですからね。ここはやはりサービス買うという手段が一番安上がりで合理的なのだと思います。

滝島:災害対策の面ではどうでしょうか。

小野さん:災害対策については、ハウジングを決定した時には、強くそういうことを意識しました。データセンターに置くことで、向こうでは1週間は自家発電で生きていきますからね。しかしそんな事態には一生ならないだろうなと思っていたら、3.11が起きた時にちゃんと機能して助かりました。これがなかったら大変でした。

滝島:3.11の時はどうだったのでしょう。

小野さん:計画停電の影響を受けました。その当時は既にメールサーバーとかは学外に出していて影響はなかったのですが、教務のサービスは止まりました。

緒方さん:むしろ次のフェイズが問題でしたね。交通機関のまひなどで、人が居ない、来られない状況になっていましたから、外からもしなくちゃならない。しかしネットには繋がりましたから、クラウドサービスを使えばこれも何とかなります。これは災害対策に限った話ではないですけど、なるべく外に持って行くことで、対障害性というのは大分変わってきていますね。

小野さん:災害対策においてクラウドが役に立つかというと、過去の物理的な移行から考えても、クラウドに持って行くというのは一つメリットがあります。これは3.11の時に実感できました。

情報担当者が乗り気にならないと大学のクラウド化は進まない

緒方さん(右)は、学内LANの代替手段を確保するのが今後の課題と話す

緒方さん:他にも災害対策で言うと、去年の10月に東京電力の大停電がありまして、本学を直撃したんですよ。あの瞬間はサーバーが変なフェイルセーフが働いて、全部落としたという経緯がありましたね。その時でもメールとかは学外のほうは使えるから、変な話ですけど、スマートフォンとか公衆回線を使えば学内のネットワークにアクセスできるんです。でも、学内からは見られないという。

小野さん:あの時もちょっと感じたのが、学内LANがアウトソースできていれば、こんな苦労もなかったのになあと。その時は48時間止まってたのかな。

緒方さん:48時間です。完全復旧まで結構かかりましたね。

滝島:携帯キャリアさんのアクセスポイントを大学構内に置くというのは結構出ていますよね。

緒方さん:売り込みはいっぱいきます。ただ我々は学生からお金をもらって仕事をしている関係上、学生全員に同一のサービスを提供できないものは使いたくないというのが本音です。だったら3大キャリア全部置けばいいかというと、そういうわけにもいきません。結局はそれなりに学内の設備を流用するような形になるので、結局は停電したら使えなくなります。だから代替手段になりきらない。せめて学内LANが落ちた時に生きていてくれればいいのですが、同じ電源を使っている限りあまり意味がありません。せめてもう少し違った形、例えば本学の周りをぐるっとキャリアで囲むなどしてくれれば乗るのですが。

滝島:クラウド化をアウトソーシング化の流れとして捉えると、図書館も同じような動きがあるように思います。

小野さん:国立大学の図書館のアウトソーシングは文部科学省からのトップダウンなのでしょう。そのように最初国立大学ではじまり、私学にも及んでいったと考えられます。どこかの大学が始めると、他の大学もなんとなく始めてトレンドになりますね。クラウドも大学の中で流行になればこれから変わっていくと思います。ただ図書館は何千年という太古から培われた技術がありますが、情報技術はここ何十年かの技術しかありません。図書館のほうは経営陣から見ても、管理を外部に委託しても実態は変わらないという判断を容易に下せますが、情報システムのほうはそうはいかないわけです。

滝島:ブラックボックスになってしまっていますからね。

小野さん:ですから、情報システムのほうは担当者が「それなくなったら大変ですよ」って言っても、経営陣はそれが本当か嘘かも判断がつかないのです。情報システムの場合は、経営陣がアウトソーシングすることが適切かどうかの判断が下しにくいですから、クラウド化に際しての情報処理担当者の一存は大きいと思います。基本的には情報センターの担当者がこれをクラウドにしようかなと考えないと始まらないわけですね。そしていざクラウド化しようとしても、経営陣はそれにかかる維持費などコスト面の議論しかできない。ですから、情報処理担当者がみんなでこれはクラウド入れなきゃねと思わない限り大学のクラウド化は進んでいかない。ここが大学のクラウド化の一番の問題だと思います。