ブロックチェーン技術は新しい種類の信用情報の管理に使われるだろう──デロイトトーマツグループ報告書から

ブロックチェーン技術をどのように活用すると有効なのか。それを独自の切り口で記した報告書が公開されました(報告書のページ)。デロイトトーマツグループが公開した「Tech Trends 2017日本版」と題した報告書の中の、「Blockchain:トラスト経済圏」と題した章がそれにあたります。報告書全体では要注目の技術分野全般を取り上げていますが、この章では特にブロックチェーンの活用スタイルの提案と、同社が調査した事例の紹介をしています。

「Tech Trends 2017日本版」の表紙

「Tech Trends 2017日本版」の表紙。デロイトトーマツグループが公開した。

シェアエコノミーを支える「トラスト経済」に有効との仮説を提示

報告書では、シェアエコノミー、例えばライドシェア(Uberなど)、民泊のAirbnbのような事業では借り手と貸し手の「評判」が重要だと指摘します。今までの常識では、信用情報といえば金融機関などの伝統的な組織が管理していた訳ですが、スターアップ企業など新しい事業主体が作り出す新しい種類の信用情報が登場しているという指摘です。報告書は「そのような信用情報が、近い将来ブロックチェーンで管理される可能性がある」と述べています。

またAirbnb創設者で現CTOのNathan Blecharczyk氏から、ユーザー評価の重要性を指摘するコメントを引き出して紹介しています(ここで注意したいこととして、氏はAirbnbがブロックチェーン技術を使うかどうかにはいっさい言及していません)。

報告書のトーンは、巨大な中央集権化された組織から個人へと権力が移り、それに伴い、一つの強力な企業がユーザーのデータを所有して管理している状況から、個人が自分の情報を所有して管理する状況へと移行するだろう、というものです。今、インターネット上でサービスを提供している企業は、ユーザーに関する膨大な情報を、自分の企業の内部に留めて利用している訳ですが、近い将来、その情報のコントールがユーザーの手に移る可能性があるというのです。

この観点から見ると、ブロックチェーン技術や分散型台帳技術(DLT: Distributed Ledger Technology)は、ユーザーとサービス提供者のように「立場が異なるステークホルダーが情報を共有する」のに適した技術といえます。改ざん不能でダウンしない特性を持ち、立場が異なるステークホルダー双方が内容を信用できる台帳を作ることこそが、ブロックチェーン技術やDLTの最も重要な価値といえます。

報告書には言及がないのですが、ひとつコメントしておきたい点があります。このような個人の信用情報を扱う場合には、その情報を「誰に公開して誰に公開しないのか」が大事です。ここで「情報の秘匿」という課題が発生します。企業向けのプライベートブロックチェーン/コンソーシアムブロックチェーン技術では、最近は情報の秘匿に関する議論が盛んです。ブロックチェーン技術は、「改ざんできない、ダウンしない」という点ではよく考えられていますが、「情報の秘匿」はまだ新しい課題なのです。

米デラウェア州と、国際送金のSWIFTがブロックチェーン技術に取り組む

報告書では、具体的なブロックチェーンへの取り組みの事例も紹介しています。特に力を入れて紹介している事例が次の2件です。

(1)米デラウェア州の取り組み。
デラウェア州は、分散型台帳とセキュリティのベンダSymbiont社と組み、会社設立手続きをデジタル化するブロックチェーン&スマートコントラクトのシステム構築に取り組んでいる。"Delaware Blockchain Initiative"と呼ぶ活動の一環。州は議会と協力し、会社設立手続きや証券化をサポートする法的枠組みを整えている。

(2) 世界各国の金融機関どうしの送金を引き受けるSWIFTの取り組み。
SWIFT Innovation Labsという組織が主体となって取り組んでいる。10人の専門家からなるチームがブロックチェーンを活用した債券取引アプリケーションを開発した。Solidity言語(ブロックチェーン技術Ethereumで使われる言語)で書かれたスマートコントラクトとEris/Tendermintコンセンサスエンジンを使用。Monax社のErisプラットフォームが選ばれた。世界中に5ノードを分散して実験。

デラウェア州知事のJack Markell氏は「企業は株式の取り扱いに多くのリソースを浪費しているが、スマートコントラクトにより正確かつシームレスに取り扱えるようになるだろう。また、分散型台帳は即時精算や即時決済の可能性を秘めており、商取引における効率とスピードの劇的な向上をもたらすだろう」とコメントしています。この取り組みの背景には、企業活動をデジタル技術で支援して効率を向上できれば、結果的に多くの企業がデラウェア州を登記する州として選んでくれるとの期待があると考えられます。

SWIFT Innovation LabsのR&D部門責任者Demien Vandervekenは「SWIFTはDLT(分散型台帳技術)により現行システムを葬り去ることを目指している」とコメントしています。金融分野でも新しいデジタル技術を活用する機運が高まっていることが分かります。

有識者コメントでは、ブロックチェーン技術への期待を語る

報告書では、有識者へのインタビューが設けられています。MIT Media Lab の伊藤穰一所長は「かつてインターネットが享受した自由を、ブロックチェーンに関してもアメリカの当局が与えるのではないかといわれている。しかしそれとは関係なく、既存の規制の境界線を再度見直す必要がある」と政策に関してコメントしています。

ブロックチェーン関連スタートアップであるBloq共同創設者兼会長のMatthew Roszak氏は、「ベンチャーキャピタリストとして『ビットコインを学ぶように』と言い続けている。ブロックチェーンのエコシステムとの人的ネットワークを作り、Jeff GazrikとBloq社を設立した。企業のブロックチェーンへの需要は本物だが、どのようなソフトウェア環境が必要なのか、それに他のテクノロジー企業から何を学べるのかはまだ明確な解がない」とコメントしています。手探りでビジネスを進めている様子が伝わってきます。

ブロックチェーン技術は、技術のライフサイクルの中ではまだ初期段階といえます。しかし、行政での活用、法制度の検討、新しい種類の信用情報の管理の提案など、意欲的な取り組みが次々に現れています。

そして報告書が提案している「新しい形の信用情報の管理」は、今までのITではできなかったこと(あるいは現実的ではなかったこと)、すなわちブロックチェーンや分散型台帳技術(DLT)ならではのユースケースといえるでしょう。