7年間無停止運転の実績と“ゆるさ”が共存しているブロックチェーン

「ブロックチェーン(Blockchain)技術」に関する話題を、ここ半年でよく目にするようになりました。ブロックチェーン技術は2009年に「ビットコイン(Bitcoin)」とともに誕生した技術です。さくらインターネット上でも、テックビューロのブロックチェーン技術「mijin」のベータテストが実施中です。

ひと言で説明するなら、

ブロックチェーンとは、誰でも追跡できる透明性を備え、改ざんが事実上不可能であり、停止しない永続性を持つ分散型の台帳を作る技術

ということになります。

ブロックチェーンの用途は、分散型の台帳を使い、価値の記録、価値の移転を表現することです。ビットコインの場合、「コイン」の所有者の情報をブロックチェーンに刻み込むことで、価値とその移転(取引)を表現します。発行済みのビットコインの時価総額は2016年3月末時点で約64億ドル(日本円換算で約7200億円)にのぼります。ビットコインのブロックチェ−ンは、これだけのマネーを託される信用を築いているという見方もできます。

7年間無停止で取引を記録し続けたビットコインの実績に伴い、ブロックチェーン技術にも注目が集まっています。金融分野、例えば銀行間の国境を越える送金に応用したり、電子政府に応用したりする試みが、多くの国で進められています。ビットコイン以外のブロックチェーン技術も多数登場しています。スマートコントラクト(プログラムによる契約の自動実行)への応用を売り物とする「Ethereum(イサリウム)」や、Linux Foundationがエンタープライズ分野向けに推進する「Hyper Ledger」が有名です。日本のベンチャー企業からも前述したmijinと「Orb1」が名乗りを上げています。

分散型の台帳を実現するために用いているコア技術は、P2P(peer-to-peer)ネットワークと「電子署名の連鎖」です。ビットコイン以外のブロックチェーン技術はそれぞれ設計が異なりますが、P2Pネットワークと電子署名の連鎖という基本的な枠組みは共通しています。なお、「透明性」があっては困る分野(例えば企業内部の業務記録や企業間の取引など)については、暗号化を施したり、プライベートネットワークで運用したりするやり方があります。後者を「プライベートブロックチェーン」と呼ぶことがあります。

専門家の間でも意見は割れる

ビットコイン、そしてブロックチェーン技術は、公開鍵暗号、暗号学的ハッシュ関数、P2Pのネットワークといった、既存のいくつかのアイデアや技術を組み合わせて作られています。ビットコインの論文を読めば、専門家であれば動作は理解できると思います。

それにもかかわらず、専門家の間でもブロックチェーン技術への評価や意見はまちまちです。一つの理由は、ビットコインもブロックチェーンも既存技術の組み合わせであるにも関わらず、どこか“異物感”がある技術だからではないでしょうか。過去の分散コンピューティング技術の研究開発の蓄積とも、現実のエンタープライズIT、クラウド技術、Webテクノロジーのような既存の技術体系とも、発想や設計がどこか異なっているのです。そこに否定的な意見を持つ人もいます。

例えばブロックチェーンの挙動は「確率」が含まれています。従来の企業情報システムで表現される取引(トランザクション)といえば、取引が行われたか、行われなかったかのどちらかの状態しか取らないように注意深く設計されていて、その中間は決して許されない概念でした。ところがビットコインの取引(トランザクション)では、中心がないP2Pネットワークによる合意形成により「取引」を確定するという仕組みのため、ブロックチェーンの分岐の解消に伴い「取引が取り消される可能性」がわずかに存在しており、時間の経過に伴って取り消される可能性が急激に小さくなる挙動になります。ビットコイン以外のブロックチェーン技術でも、基本的な考え方は同じです。

ビットコインの場合、慣習としてブロックチェーンのブロックが6個続いて生成される期間(約60分)を経た取引は、くつがえる可能性がほぼない確定されたものとみなします。ただし、この段階に至っても取引が取り消される可能性はゼロではありません。この点について「ファイナリティ(決済の確定)が実現できない」と指摘しているのは、慶應義塾大学SFC研究所上席所員/Orbチーフコンサルタントの斉藤賢爾氏です。斉藤氏が設計に参加したブロックチェーン技術「Orb1」では、「スーパーピア」と呼ぶ特別なピア(ノード)を導入して、このファイナリティの問題を解決しています。

ブロックチェーン技術「Orb1」
ブロックチェーン技術「Orb1」では「スーパーピア」と呼ぶ特別なピア(ノード)を導入して、ファイナリティ問題を解決(図版は株式会社Orb提供)

“ゆるさ”を許容する考え方もある

一方、ブロックチェーンが持つ「取引がくつがえる確率がゼロではない」問題を、ブロックチェーンの外側(オフチェーンと言います)で解決する考え方もあります。「取引がくつがえる確率」に取引が取り消されることに伴う損失額を掛けた数字が「リスク」ということになりますが、このリスクが十分に小さければ「特定の事業者がリスクを負って、ブロックチェーンの外側の情報システム(オフチェーン)において取引を確定する」やり方が可能です。

例えばブロックチェーン技術の実証実験に参加しているカレンシーポートの杉井靖典CEOは「天文学的に小さい確率なら、オフチェーンと組み合わせるやり方でいい、という考え方もある」と語っています。実際、オフチェーンで取引を確定する考え方は、ビットコイン取引所やビットコインによる即時決済の世界ではごく普通のことです。

補足をしておくと、ビットコインのブロックチェーンが7年間にわたり無停止で機能し続けている“丈夫さ”を誇っている背景には、決済を確率現象として扱うという“ゆるさ”が有効だったという側面もあるのではないでしょうか。

ブロックチェーン技術に実際に取り組んでいる多くの人々の関心は、ブロックチェーン技術が備える“丈夫さ”、それに従来のエンタープライズITに比べて低コストで実現できる点、さらにブロックチェーンの“ゆるさ”(例えばファイナリティの問題)に伴うリスクをそれぞれ評価して、システム全体をどう設計するかという知恵を絞る方向に向かっています。

ブロックチェーンはまだまだ議論の多い分野ですが、実証実験や議論の積み重ねによって、世の中の認知と理解が進んでいくことでしょう。