住信SBIネット銀行のブロックチェーン実証実験でわかったこととは?

ブロックチェーン技術の実証実験への取り組みが複数の会社で進んでいます。銀行や証券取引所のような「FinTech」の文脈で捉えられる取り組みもあります。それだけでなく、ECサイト、サービス提供会社なども実験に参加しています。私たちの身近な所で、ブロックチェーン技術に関する経験の蓄積が猛烈な勢いで進みつつあるのです。

ブロックチェーン活用の3つのパターン

筆者の見解では、現時点で報告されているブロックチェーン技術の応用分野には、大きく次の3通りがあると見ています(なお、ブロックチェーン技術の本来の利用分野と言える仮想通貨や、仮想通貨のテクノロジーを応用した価値移転に関する応用はここでは除外しています)。

① パブリックブロックチェーンを使い情報の真正性を保証する

情報の真正性を保証する技術として従来から「デジタル署名」がありますが、ブロックチェーン技術はデジタル署名を発展させた技術とみることができます。例えば「その書類がいつ登録されたのか」というタイムスタンプの真正性も保つことができる点が特色です。この特性を使い、デジタル著作権管理、デジタル証明書、権利保護(土地などの登記業務など)といった応用が考えられています。

② ブロックチェーンを企業間の取引記録に使う

企業同士の送金、あるいは物流管理などに使います。複数の企業でブロックチェーンを情報共有に利用し、偽造ができない「分散型帳簿」として使います。金融分野のスワップデリバティブ取引のような複雑な取引を、スマートコントラクト(ブロックチェーン上で自動執行するプログラム)に載せた事例もあります。

③ ブロックチェーンを情報システムインフラとして使う

ブロックチェーンには「非常にダウンしにくいシステムを従来手法より安価に作れる」「すべての取引の監査証跡管理が可能になる」という性質があり、これは企業システムインフラとしても有効です。この場合、企業内のネットワークで、プライベートブロックチェーンを動かす使い方になります。

ここでは、③ に相当する「住信SBIネット銀行によるブロックチェーン実証実験」に注目してみます。

ブロックチェーンが勘定系の基本機能を担えることを確認

今回の住信SBIネット銀行による実証実験で注目したいことは、「銀行の勘定系というミッションクリティカルの“王様”クラスのシステムを想定した実験であること」「すでに結果が出ていること」の2点です。

その結果は

「主な検証項目において、勘定系システムとして機能する」と結論付けられた。

という前向きなものでした。

この実証実験の内容をもう少し見ていきましょう。資料となるのは以下のWebページです。

● 住信SBIネット銀行による実証実験開始のプレスリリース

● 野村総合研究所による実証実験開始のプレスリリース

● mijin開発元テックビューロによる実証実験の成果の報告

プライベートブロックチェーン技術「mijin」を活用

もう少し実験の内容を見てみたいと思います。

この実証実験ではブロックチェーン技術を勘定系、つまり銀行業務の基幹システムに適用できるかどうかを検証しました。このような実証実験の報告は海外事例を含めても聞いたことがありません。「銀行の基幹システムをブロックチェーン技術に基づいて構築可能である」ことを示す実証実験として、世界的に見ても先駆的な事例と言えます。

この実証実験では、2015年12月より住信SBIネット銀行が主体となり、野村総合研究所とシンガポールDragonfly Fintech社が協力して実施されました。検証で利用した技術は、プライベートブロックチェーン技術「mijin」です。このmijinは2015年9月に発表された新しい技術です。その技術的な詳細はまだ十分に開示されていない状況ですが、今回の実証実験により「エンタープライズシステムで活用可能」であることが認められたといっていいでしょう。

公表された内容によれば、実証実験の環境は次のようになります。

1. クラウド上に6台のノード(サーバ)構成のP2Pプライベートブロックチェーンを構築。
2. ブロックチェーンのブロックタイムを15秒に設定。
3. 250万口座を仮想的に用意。
4. 振込、入金、出金、残高照会、入出金明細照会の業務アプリケーションを用意。
5. 業務シナリオに沿った処理を実行。

この環境で実施したテスト内容は次のようになります。

1. 実験者である銀行の勘定系システムのピーク時相当となる、1時間あたり9万トランザクションを処理する高負荷環境。
2. 6ノードのうち、5ノードをダウンさせる環境負荷環境。
3. ハッキングプログラムを活用した改ざん攻撃環境。

以上の3つのテストで、mijinはパフォーマンス低下がなく、データ改ざんもできず、「主な検証項目において、勘定系システムとして機能する」との結論が出たとのことです。つまり、250万口座、1時間9万トランザクションの規模の銀行において、ブロックチェーンで基幹システムを組めることが確認されました。なお、開発元のテックビューロは、mijinが処理できる処理性能の上限はこのテストよりも、はるかに高いと主張しています。

左側は従来型のシステム概念図。右側はブロックチェーン技術を活用した勘定系の概念図。

左側は従来型のシステム概念図。右側はブロックチェーン技術を活用した勘定系の概念図。従来型のシステムでは、複数のデータベースサーバによる冗長化やバックアップ系の作り込みに高額の投資が必要となる。ブロックチェーン技術を活用したシステムでは、ブロックチェーン技術そのものに冗長処理やバックアップの機能を持たせることができる。
(資料:テックビューロ提供)

ブロックチェーンの本来のメリットは、例えばビットコインのブロックチェーンが持っている「透明で、改ざんできず、停止しない」という特性です。このブロックチェーンを企業システムのデータ管理(銀行の勘定系もその一つです)に活用する場合のメリットは、「非常にダウンしにくいシステムを従来手法より安価に作れる」「すべての取引の監査証跡管理が可能になる」ことです。これは、金融業を含めて商行為全般についてメリットとなる機能と考えられます。

一つ注意が必要なのは、今回の実証実験は「主要な検証項目において、勘定系システムとして機能する」ことを確認したのであって、勘定系システム全体を構築したわけではないことです。現実の勘定系は非常に複雑な要件を実装したシステムなので、本格的に構築をする場合、設計、構築、運用の各フェーズで未知の問題にぶつかる可能性は十分に考えられます。そうではあっても、「勘定系システムとして機能する」との評価は非常に意味があるものだと考えています。

従来のDBMSとブロックチェーンは本質的に違う

ところで、こういう話を聞くと、ブロックチェーンは従来の情報システムで使われていたデータベース管理システム(DBMS)を置き換えるのかどうかといった意見が出てきそうです。

筆者の考えでは、ブロックチェーンとデータベース管理システムは本質的に異なるものだと思います。ブロックチェーンは、前述した「すべての取引の監査証跡管理が可能になる」、「非常にダウンしにくい」特徴があります。このような特長を重視するならば、ブロックチェーンは有用です。ブロックチェーンは頑丈で改ざんできない「帳簿」を作る技術と言えるので、その特性を生かした用途に使うことは理にかなっています。

ここで「非常にダウンしにくいシステムを安価に作れる」理由は、主に以下の2点です。

(1) P2Pネットワークの複数のノードで冗長処理をしているので、一部のノードがダウンしても、システム全体がダウンしない。従来型システムでは、このような冗長構成や耐障害性は高価なオプション製品だったり、高度なシステム構築スキルが要求される分野だったりするが、ブロックチェーン技術の場合は標準技術として実装されている。

(2) 従来のDBMSのように厳密なトランザクション処理をするのではなく、非同期処理による取引記録を行う。負荷が一時的に増大しても、処理を続行可能である。

ただし、(2) の特性は取引結果の一貫性を厳密に求められる分野(いわゆるトランザクション処理システム)の仕様と相容れない場合があります。

従来の集中型のデータベース管理システム(DBMS)はランダム・アクセスの性能に優れており、リレーショナルモデルに基づく非常に複雑なデータモデルを表現する能力を備え、また厳密なトランザクション処理のための機能が作り込まれています。これらの機能が重要となる分野はブロックチェーンとの相性が良くないと言えるでしょう。現実のシステムでは、ブロックチェーンによる分散型帳簿とデータベース管理システムを使い分けることになるだろうと予想しています。

とはいえ、銀行の勘定系は情報システムの中でも最も要求が厳しい分野です。この分野でブロックチェーン技術が機能するという結論が出たことは、ブロックチェーン技術に目を向けるべき大きな理由と言えるでしょう。