上部写真)Drupalの創始者 Dries Buytaert(ドリス・バイタルト)さん

CMSを越えた、新時代のフレームワークとして注目を集めている「Drupal」。さくナレのインタビュー連載記事などでもお伝えしているよう、強力なコミュニティ活動もその強みの1つとされています。世界各国3万5000人以上のエンジニアが日々、オンラインでコードやノウハウを共有し、Drupalの可能性をより大きなものへと育て上げているのです。

こうしたコミュニティ活動はもちろんオフラインでも活発。定期的に行なわれる大規模公式イベント「DrupalCon」(次回は2017年4月にボルチモアにて)から、参加者100~2000名規模のローカルイベントまで、ほぼ毎週末どこかでDrupalをテーマとした集まりが行なわれています。

この盛り上がりを受け、去る10月21日、都内のイベント会場(渋谷dots.)を借り切ってDrupalの国内ローカルイベント、その名も「Drupal Summit Tokyo 2016」が開催されました(主催:CI&T株式会社/共催:DrupalCafe/協賛:ANNAI株式会社ジェネロ株式会社)。ここでは、その様子をレポートさせていただきます。

Drupalの生みの親、Dries Buytaertが来日!

今回の「Drupal Summit Tokyo 2016」の目玉は、Drupalの生みの親であり、現在もその最先端で指揮を執り続けているカリスマエンジニア・Dries Buytaertさん(以下、ドリス)が登壇すること。会場にはドリスの話を直接聞いてみたいと言う意欲的なエンジニアが、少しでも良い席を押さえようと開場の1時間以上前から集まり始めました。

CI&T 上田善行さんにより、DRUPAL SUMMIT TOKYO 2016の開会が宣言されます。

開始時間となり、CI&Tの上田善行さんによって「Drupal Summit Tokyo 2016」のスタートが告げられると、さっそく本日の主賓・ドリスが壇上へ。

「今日は4つの話しをしたい。」

まず語られたのはDrupalと、そのプラットフォームサービスであるAcquiaの歴史について。ドリスがDrupalを立ち上げた当時の話や、黎明期のコミュニティの盛り上がりなどを、秘蔵の写真なども交えて語ってくれました。

続いて、2つ目のテーマはDrupalのケーススタディ。これまでDrupalをどういった企業や団体が使ってきたのか、どのように活用してきたのかを具体的な事例を交えて紹介します。国内でもホワイトハウスファイザー製薬などいくつかの事例が有名ですが、それらについてもあまり知られていない詳細を深彫り。

2012年末に『デス・スター建設の請願』で話題になったホワイトハウスのオンライン請願プラットフォーム「We the PeopleなどがDrupalで作られていることを明かしました(ちなみにデス・スターの建設については85京ドルもかかること、他の惑星を破壊する兵器であることなどを理由に“そのようなことに市民の血税を注ぐことはできない”とマジレス却下しています)。また、大小さまざまな合計7000ものサイトをDrupalで管理・運営していることで有名なファイザー製薬の事例として、セールスマン向けの「Sales Enablement Website」という仕組みを紹介。顧客(医者)ごとにパーソナライズされたウェブシステムを作ることで、より適切で柔軟な対応ができるようになったそうです。

ほかDrupalは、ニューヨーク地下鉄(MTA)では列車の運行情報公開に、電気自動車のテスラではEコマースのシステムから、同社製品の特長の1つとなっている大画面インパネのシステム部分などでも使われているとのこと。高機能で柔軟なDrupalならではの事例と言えるでしょう。そしてその上で、ドリスは日本での活用事例についても興味津々。逆に「日本でどういう使い方をしているか、ぜひ教えてほしい」と来場者に語りかけていました。

その後、かなりの時間を取って丁寧に解説されたのが昨年11月にリリースされた「Drupal 8」について。ドリスは、Drupal 8の構築に、その歴史の約3分の1となる4年半をかけたこと、つまり、過去最大級のアップデートであることを強調。モバイルデバイスへの最適化を最大のテーマとしつつ、PHPフレームワーク「Symphony 2」の導入でオブジェクト指向プログラミングに精通した人が学びやすくしたことなど、多くの「革新」が行なわれたことなどが語られました。また、APIの充実などによってDrupal以外のさまざまなシステムとのインテグレーションが実現できるようにしたことも大きな改変の1つ。そして、それらの意欲的な機能向上によって、リリースからわずか3か月で6万のサイトがDrupal 8によって作られたと誇らしげに宣言しました。ちなみにDrupal 7が6万サイトに到達するのには約9か月かかったとのこと。これだけでDrupal 8の勢いが分かろうというものです。

また、このテーマでは最新のDrupal 8.2についても言及。中でも代表的な2つの機能として、ブロックインサートとメニュー変更について紹介してくれました。こうした新機能の充実によって「ゲームチェンジャー(既存のルールを破壊して状況を一変させる存在)となる」ことが、Drupal 8の狙いなのです。

そして最後に4つ目のテーマとして語られたのが、まさにその「ゲームチェンジャー」としての、Drupalの“今後”です。「これについてはいくらでも話すことができる。でも、ちょっと時間が押してきたので簡潔に」と前置きしつつ、世界の潮流がB to C(事業者から消費者へ)から、B to One(事業者から一個人へ)に変わっていきつつあることを紹介。「IoT」など、新たな発想が登場してきたことで、メーカーが、Amazonやアリババを介することなくユーザーと接触できる世界がやってきているとしました。そして「これによって全ての業界、ビジネスモデルが変わっていく。我々(Drupalコミュニティ)もその一員でありたい。DrupalはCMSからDigital Experience Systemになっていく」と宣言し、万雷の拍手の中、笑顔でステージを降りました。

キーパーソンたちが語るDrupal最前線

その後もステージには多くのDrupalキーパーソンが登壇。ドリスに続く、もう1人の海外ゲストとして、Acquia、アジア・太平洋地域担当のSolutions Architect, Team LeadであるDavid Petersonさん(以下、デビッド)が登場。Drupalの公式プラットフォームである同社が提供する「Drupal Lightning」は「Acquia Cloud Site Factory」、「Acquia Lift」などといった先進サービスを具体的な活用法を紹介しつつアピールします。
ドラッグ&ドロップでサイトを直観的に構築できるフレームワーク「Acquia Lightning」、サイトのクローニングを容易にする「Acquia Cloud Site Factory」、Drupalで構築されたサイトに高度なパーソナライゼーションサービスを提供する「Acquia Lift」などといった先進サービスを具体的な活用法を紹介しつつアピールします。
例えば、「Acquia Cloud Site Factory」は、マルチサイトに強いDrupalの特性をさらに引き出してくれるサービス。ファイザー製薬がすでにこれを活用しており、オーストラリア向けの既存サイトをベースに、ニュージーランド向けにカスタマイズされたサイトを作るといった作業を従来よりも驚くほど高速にこなせるようになったそうです。コードベースでは2〜3か月はかかっていた作業が、1週間あるいはそれ以下できるようになったというのですから驚き。また、その上で、これらのサイト群を同じガバナンス、セキュリティで管理することも可能に。これらのサービスを知らないという人は会場にはいなかったのでしょうが、アジア・太平洋地域の責任者が自らその機能や目指すところを解説してくれるという場は貴重。多くのエンジニアが食い入るようにプレゼンテーションに聞き入っていました。

AcquiaのDavid Petersonさん

もちろん日本のプレイヤーたちも負けてはいません。ブラジルに本社を構える世界最大のDrupal開発企業・CI&Tの上田さんによるセッション「エンタープライズがDrupal、Acquiaを評価するのか」では、Drupalが大企業に指示される理由を「柔軟性」「エコシステム」「プラットフォーム化」「スケーラビリティとコスト」「セキュリティ」の5つにあると喝破。グローバル展開していくエンタープライズに必要不可欠なものを全て備えたDrupalが支持されるのは当然の帰結だとしています。なお、上田さん曰く、日本のDrupalは今、まさに「夜明け」。2年前と比べて、間違いなく太陽は昇ってきているとし、国内開発会社のさらなる奮起を促しました。

CI&T 上田善行さん

続く、ジェネロ・竹内大志さんの講演では、そうした国内開発会社の多くが苦慮している「Drupalのビジネスをどのように取り組んだらいいか」をテーマに。デジタル化によって、経営トップが直接ビジネスの現場にコミッションしやすくなったことなど、最新のビジネス事情を踏まえた上で、コミュニティでのディスカッションで新たなビジネスの種を見つけていくというスタイルを提案しました。「だから、もっと皆さん、こうしたイベントにどんどん参加してほしい!」(竹内さん)

ちなみに竹内さんは、日本各地でDrupalの無料研修を実施中。「なぜ、(エンジニアでもない自分が)そんなことをやっているかというと、“作るDrupal”ではなく“使うDrupal”をブランディングしていきたいから。エンジニアじゃなくてもここまでできるぞということを多くの人に知ってほしい」(竹内さん)

ジェネロ 竹内大志さん

そして日本人プレゼンターのトリを務めたのが、全国各地でDrupalコミュニティを牽引しているANNAI株式会社の紀野恵さん。「なぜ我々はDrupalを選んだのか?」をテーマに、「言葉にしづらい」(紀野さん)と言う、Drupalの魅力を熱く語ります。

Drupalを武器に、企業規模からは想像もできないほど大きなプロジェクトを成功に導いてきた紀野さんの考えるDrupal最大の強みとは、ずばり「コミュニティ」。そして、これは同時に「ムーブメント」であるとし、その助けがあるからこそ、Drupalを選ぶ意味があるとしました。

「Drupalを選んだというより、Drupalに選ばれたと感じるときもある」(紀野さん)

今後の紀野さんの目標は、Drupalコミュニティの力を高めて、日本特有の強固なIT業界ピラミッドを突破していくこと。そこに向けた取り組みとして、来年1月に開発者向けイベント「DrupalCamp Japan 2017」を開催予定だそうです。今や伝説となっている「DrupalCamp in Japan Vol.1 KYOTO」の興奮が再び!

ANNAI 紀野恵さん

ドリスが知りたかった8つの疑問にナマ回答!

Drupal Summit Tokyo 2016、最後のステージは、ドリスを囲んでのQ&Aセッション。Drupal 8にちなんで8つの質問をしようというコーナーです。ステージ上のソファには、ドリスに加え、質問を考えたANNAI・紀野さん、ジェネロ・竹内さんも着席。

「ドリスの隣に座れるっていうだけですごいことですよ(笑)」(紀野さん)

左から、竹内さん、ドリス、紀野さん、上田さん、そして本コーナーのドリスの通訳を担当されたCI&Tの川渕さん

質問および回答は以下の通り。

【質問1】
Drupalを公開した時にオープンソースにしたのはなぜですか? また、その後にライセンス形態を変えようと考えたことはありますか?

ドリス:オープンソースにしたことを疑問に思ったことは1度もありません。最高の判断の1つだったと思います。Drupalの前に携わっていたLinuxのコミュニティなどでオープンソースという考え方に慣れ親しんでいく中で、Drupalも自然にそのようになりました。

【質問2】
Drupalは大企業向けというイメージがあるが、中小企業はターゲットにしていないのか?

ドリス:確かにDrupalは複雑な構成を持ったサイトに適していますが、小さい会社であっても複雑なサイトを構築することはあります。サイトの複雑さと会社の規模は必ずしも一致しません。大企業が多言語対応の大規模サイトを作りたいという場合だけでなく、スタートアップが野心的なことをしたいと考えた時でもDrupalはお役に立てるはずです。

【質問3】
DrupalのProject Leadとして、Acquiaの共同創業者兼CTOとして日本市場についてどう思っているか? 日本のコミュニティや、企業に期待するものはなにか?

ドリス:前回来たのは2年前ですが、そのときと比べて、全てが前進しているように感じました。今後期待しているのは、地域の盛り上がりを牽引していく「ローカルリーダシップ」と、Drupalを活用したビジネスによる「エコシステム」の確立です。

【質問4】
AcquiaはDrupalの資格を発行しているが、これは日本語化されないのか? 日本にいる技術者としてDrupalを学ぶためにはどうすればいいのか?

ドリス:現状、資格にまつわるチームはとても少人数のため、日本語に限らず多言語化に対応できていません。ただ、今後はこの会場にいらしている方々とパートナーシップを結ぶ事で日本語対応を進めていくということもありうると思っています。

【質問5】
Drupalはオープンウェブだが、Facebookなどクローズドウェブとの戦いをどうみているか? 将来的にどちらが勝つと思うか?

ドリス:Facebookのようなクローズドは巨大になりすぎてしまい、全てが一様に見え、クリエイティビティを感じられません。それはとても哀しいこと。自分の子供や孫にオープンウェブの恩恵を味わわせてあげたいので、ぜひとも勝ってほしいですね。

【質問6】
OSSのマーケティングオートメーションMauticのファンドに関わっておられますが、ドリスからみて、これは面白いと思うOSSのプロダクトを教えてください。

ドリス:オープンソースの醍醐味は、旧来のシステムが破壊的に進化されていくこと。これは全ての分野で起きていますね。その上で、いま注目しているのがeコマースの領域。今後、ヘッドレスやマイクロサービスなど、特徴的なアーキテクチャーを使ったかたちで、この分野にも新たな破壊的進化がもたらされるのではないでしょうか。

【質問7】
Drupalのリリースサイクルが変わり、機能が常時追加されつつ後方互換を重視する方針となりました。ユーザーにとっては素晴らしい事ですが、一方でDrupalの進歩が漸進的になってきたということですか?

ドリス:どうしても後方互換のことを考えなければならないので、若干のスローダウンは否めません。ただ、これまで4年かかってまとめてリリースしていたものを、できあがったところからどんどん新しい機能が追加されていく方針としたことで、コミュニティの活動が活発化されるという効果はあるのではないかと考えています。

【質問8(会場から)】
DrupalConを日本でやってもらうにはどうすればいいですか?

ドリス:とても良い質問ですね(笑)。DrupalConは現状、北米とヨーロッパで年に1回ずつ、それ以外の地域で数年に1回行なうかたちとなっています。Drupalアソシエーションがその検証を行なうのですが、大切なのはローカルコミュニティがどれだけ成長しているか。先ほどの質問への回答と重複していますが、そこが大切です。

最後に

ドリス:今日はありがとうございます。難しい質問を聞かれなくて良かった(笑)。今回で日本に来るのは2回目。日本のコミュニティの皆さんはとても熱心。この様子を見て、日本のマーケットにとても前向きな印象を持ちました。今後は、コミュニティ同士が切磋琢磨することでもっと盛り上がって行くことを期待しています。ぜひ、また日本に遊びに来たいですね。その日が来ることを楽しみにしています。

まとめ

気がつけば、あっという間の3時間30分。国内ではまだまだ情報不足な感のあるDrupalだけに、ここに集まった皆さんの貪欲な姿勢が印象に残りました。最後に主催のCI&T上田さんからのメッセージで、本レポートを締めさせていただきます。

「国内でもDrupalの勉強会やミートアップが活発になる中、ビジネスもデベロッパーも、全員が集まれる総合的なイベントを開催したかったというのが、Drupal Summit Tokyo 2016を開催した理由。まだまだ規模は小さいが、ドリスが参加してくれたこともあり、参加者と未来のウェブに関するビジョンを共有できたのではないでしょうか。CI&Tとしては、今後も年に1度くらいのペースでAcquiaと共同でのイベントを開催していきたいと考えています。よろしくお願いいたします」(上田さん)

イベントの最後にはドリスを囲んで集合写真