ピアリングとトランジット - インターネットの相互接続について(1)
はじめに
インターネットは、「ネットワークのネットワーク」と呼ばれるように、世界中のコンテンツ事業者や通信事業者が相互接続することで成り立っています。しかし、その形態は国や地域によって異なっており、その地域ならではのインターネットの形が存在するといっても過言ではありません。これから数回のコラムでは、各種データをもとに、各地域のインターネットの状況について分析していきます。
自律システム
はじめに、インターネットの相互接続を取り上げる上で、基本的な概念を説明します。ネットワークの知識をお持ちの方は、このセクションを読み飛ばしてください。
インターネットは、自律システム (Autonomous System[AS]) とよばれるネットワークの単位で成り立っています。
自律システムは、RFC1930で
『単一』の『明確に定義された』ルーティングポリシーを持つ1つまたは複数のネットワーク運営組織が運営する、相互に接続された1つまたは複数のIPプレフィックスのグループである
また
ルーティングポリシーとは、今日のインターネットにおいてルーティング決定をどのように行うかの定義である
とされています。
少々難しい定義かもしれませんが、ざっくりと言い換えるならば、インターネットに接続された他の組織との間で、どのように通信が行われるかという方針を決められる(自律)、ネットワークの単位(システム)といえるでしょう。この自律システムには、0 から 4,294,967,295 までの AS 番号というネットワーク固有の番号が割り当てられています。
実際には、インターネットサービスプロバイダや大企業のネットワークでは、会社単位で自律システムが形成されていることが多いのですが、会社によってはサービスの種類や歴史的経緯で複数の自律システムを運用していることがあります。例えば、大手インターネットサービスプロバイダのインターネットイニシアティブ(IIJ)のAS番号はAS2497ですが、NTTコミュニケーションズの場合はAS2914というAS番号を国際的なサービスであるNTT Communications Global IP Networkで、AS4713を国内向けのサービスであるOCNで利用しています。
ちなみに、さくらインターネットの場合は、東京・大阪・石狩のネットワークがそれぞれ自律システムとなっており、AS9370が東京、AS9371が大阪、AS7684が石狩で利用されています。これ以降、本稿では特段の断りがない限り、『ネットワーク』という言葉を、「自律システムを意味する用語」として用います。この記事を読んでいただくと、さくらインターネットのバックボーンマップをより深く理解いただけるようになるかもしれません。
ネットワーク間の相互接続の形態
ネットワーク間の接続には、大きく分けてピアリングとトランジットという二種類の形態があります。
ピアリング
ピアリングは、自律システム同士が相互に接続し、お互いのトラフィックを途中に他のネットワークを介することなく直接交換する方法です。ピアリングには、
- 何らかの方法で両者の自律システムが物理的に接続されていること
- 相互にルーティング(どのような経路で通信を行うかを制御する)を行うための調整・設定が行われていること
必要があります。
図1に2つの自律システムがピアリングをする最もシンプルな形態を示します。
この図から分かるとおり、AS Aがピアリングによって通信が出来る先は接続先のAS Bのネットワークのみに限定されています。
自律システムには、インフラに多大な投資をしている全世界規模の巨大な通信事業者のネットワークから、極めて小規模な研究用ネットワークまでざまざまな規模のネットワークが存在します。このため、自律システム同士では無条件にピアリングが行われるわけではなく、両者の利害がある程度一致し、相互に合意した場合にのみ行われます。たとえば、筆者の小規模な研究用ネットワークがAS番号を取得し、全世界規模の通信事業者のネットワークにピアリングを申し込んだとしても、後者にはほぼメリットがないため、ピアリングの協議は成立しないでしょう。一方で同等規模の顧客数を持つ大手のインターネットサービスプロバイダ同士であれば、お互いにピアリングを行う事で相互の通信費用が削減され、通信遅延も減るため、ピアリングが成立する可能性は高くなります。また、さくらインターネットのような主要な通信がコンテンツのアップロードである事業者と、インターネットサービスプロバイダのように主要な通信がコンテンツのダウンロードである事業者の間でも(大手通信事業者を除き)ピアリングが行われることが一般的です。
このようにネットワークにとってピアリングを受け入れる基準は千差万別であるため、ピアリングを受け入れる場合の方針のことを「ピアリングポリシー」という文書にまとめ、公開することが一般的です。さくらインターネットでは、https://www.sakura.ad.jp/peering/ にてピアリングポリシーを公開しています。なお、ピアリングはほとんどの場合には無償で行われますが、ネットワーク規模に差がある場合などには、有償でピアリング(ペイドピアリング)を行うケースもあります。
ピアリングの形態
ピアリングの形態には、1つのスイッチ群に多数の自律システムが接続するIX(Internet Exchange)を介したパブリックピアリングと、自律システム同士が直接接続するプライベートピアリングがあります。
パブリックピアリング
さきほど、ピアリングには両者の自律システムが物理的に接続されていることが必要であると書いた通り、自律システム間を物理的に接続するには通信回線が必要です。しかし、通信回線の敷設や利用にはコストを要するため、一つの拠点に多くのネットワークが集まって相互接続を行う方が効率的です。パブリックピアリングは、図2のようにIX事業者が運営するスイッチングハブ群(*1)に多数の自律システムが物理的に接続し、その上で当該IXに接続している自律システム同士が論理的にピアリングを行うかどうかを個別に決める形態です(*2)。このため、IXに物理的に接続しさえすれば、多くの物理的回線を敷設することなく、効率的に多くのネットワークとピアリングできるようになります。
IXへの接続にあたっては、IXの拠点までの回線を用意する必要があるほか、多くの場合、IX事業者に利用料金を支払う必要があります(*3)。日本においては、大手IXはキャリア系の事業者が収益法人として運用しているケースが多いのですが(*3)、ヨーロッパではロンドンのLINXやオランダのAMS-IXなど、NPOが非営利事業として運用しているケースが多く、比較的低い価格が設定されています。一方で、アメリカではデータセンタ事業者がIXを運営するケースが多くみられますが、データセンタ事業が収益の柱であるため、IXには集客力のための価格設定がされているケースもみられます。さらに、インドネシアのように無料のIXが一般的な国もあります。
プライベートピアリング
ある特定の自律システムとの通信量が多い場合、IXのような多対多の接続よりも1:1で接続したほうが効率的なケースもあります。そこで行われるのが、プライベートピアリング(PNI, Private Network Interconnectとも呼ばれる)です。プライベートピアリングでは、自律システム間を直接接続するために専用の回線を用意するため、回線のコストが重要になります。
そこで多くの都市では、通信事業者やコンテンツ事業者があるビルの中に通信拠点を設け、そのビル内の回線を通じて相互接続する形になっています。このような通信事業者が集積しているビルは「キャリアホテル」とも呼ばれ、東京ではKDDI大手町ビルやEquinix社のTY2データセンタがキャリアホテルとして知られています。また、有力なキャリアホテルには大規模なIXが接続拠点を設けているケースも多くありますので、それらのビルに拠点を設けることでパブリックピアリングとピアリングの両方が1カ所で可能になる、いわば一粒で二度美味しい構成、といえるでしょう。
トランジット(IP Transit)
トランジット接続はある自律システムが他方に対して、インターネット全体への接続性(*4)を提供する方法です。基本的に有償の通信サービスとして提供されます。一本の回線を用意するだけでインターネットに接続されている全ての自律システムに接続できることから、コストが高い反面、手間がかからない接続方法です。以下に、トランジット接続の例を示します。この例では、AS BがAS Aに対してトランジット接続を提供しており、AS AはAS Bだけではなく、AS Bを介してAS C、D、Eまでの接続性を得ることができます。
多くの国では、電信や電話に端を発する通信事業者がIPトランジットサービスを提供するケースが一般的ですが、1990年代半ば以降に台頭したインターネットやイーサネットなど、デジタル通信に特化した事業者(*5)のネットワークもグローバルなIPトランジットサービスにおいて大きな存在感を示しています。
さくらインターネットでは、2018年11月現在、東京(AS9370)・大阪(AS9371)ではIIJ(AS2497)、NTTコミュニケーションズ(AS2914)、KDDI(AS2516)を、石狩(AS7684)ではKDDI(AS2516)のIPトランジット接続を利用しています。また、東京・大阪のASでは、他のさくらのASに対してトランジットを提供していますので、石狩データセンタ内のサーバが、さくらインターネットが東京でピアリングしているネットワークと通信する際には、さくらインターネットの東京のネットワークを経由します(KDDIのネットワークを経由する場合もあります)。
なお、一部の国やキャリアでは、通信事業者向けのIPトランジット接続を「IX」と称してブランディングしているケースがあるため、一概に名称だけで内容を判断することはできません。たとえば、シンガポールの最大手キャリアであるSingtelのIPトランジットサービスは、「Singtel Internet Exchange (STiX)」というサービス名で展開されており、同国2位のキャリアであるStarhubでも、「StarHub IP Exchange (SiX) 」というサービス名としています。
次回は、各都市別にみた相互接続手法の傾向を見ていきます。
脚注:
- 今日の大規模IXでは1カ所のビルのみにスイッチがあるのではなく、複数のビルに複数スイッチを設置し、スイッチ間を相互に接続する「分散IX」が主流となっています
- 一般的なIXの場合。IXに接続する全ネットワーク同士が論理的な相互接続を行うルールのIXも存在します
- 日本の主要なIXではBBIXはソフトバンクの100%子会社、JPIXはKDDI系(他のISP、DCも少数株主として参画)、JPNAPを運営するインターネットマルチフィードはNTTコミュニケーションズおよびIIJ系(他のNTT系事業者、ISP、新聞社も少数株主として参画)です
- 一般的な場合。一部のネットワークのみへの接続性を提供するパーシャルトランジットというサービスも存在します
- Zayo Group(Abovenet等を買収)、GTT Communications、あるいCenturyLinkに買収されたLevel 3, Qwest、Global Crossingなど。日本国内市場では、IIJやKDDIに買収されたPoweredcomもポジション的に近いといえるでしょう