【イベントレポート】きのこカンファレンス 2026 in 関西 〜キャリアの縁側〜
はじめに
さくらのナレッジ編集部の法林です。
2026年8月1日(土)に、さくらインターネットの大阪本社でもあるBlooming Campにおいて「きのこカンファレンス 2026 in 関西」が行われました。本記事ではこのイベントの模様をレポートします。
きのこカンファレンスとは
きのこカンファレンスは正式名称を「エンジニアがこの先生きのこるためのカンファレンス」といい、「この先生きのこる」から「きのこカンファレンス」と称しています。2025年に第1回イベントが東京で行われ、今年も6月に第2回イベントが開催されました。
一方、それに触発された関西の人達が自主的に行っているのが「きのこカンファレンス in 関西」で、こちらも2025年に初回のイベントを開催し、続く今年も第2回として開催されました。
きのこカンファレンスの開催主旨をウェブサイトから引用して紹介します。
「エンジニアがこの先生きのこるためのカンファレンス」は、参加される方がそれぞれのキャリアやロードマップを見つめ直し、自身の未来を描くヒントを得ることを目的に開催するITカンファレンスです。登壇者を40歳以上のベテランエンジニアに限定して、エンジニアとして長い時間を歩んできた彼らから経験や知識を吸収することで、参加者が末永くエンジニアを続けられることを目指します。現役ITエンジニアをはじめ、デザイナーやマネージャーなど周辺職に就かれている方、ITエンジニアを目指す学生など、幅広い方にご参加いただけます。
このように、エンジニアがエンジニアらしいキャリアを重ねるにはどうすればよいかを先達の経験から学ぶような内容になっています。
なお、本家のきのこカンファレンスでは上記にもあるように登壇者を40歳以上に限定していますが、きのこカンファレンス in 関西では年齢制限は設けておらず、実際に当日は学生からベテランまで幅広い年齢層の方が発表していました。
キャリアの縁側
今回のきのこカンファレンス関西のテーマは「キャリアの縁側」です。発起人であるluccafortさんのブログから引用します。
今回のテーマは「キャリアの縁側」です。
日本家屋の縁側は、人がふと立ち寄り、雑談をしたり、のんびり過ごしたりする場所です。エンジニアのキャリアにも、そんな「縁側」のような時間や活動があるのではないでしょうか?
本業の開発とは直接関係ない勉強会への参加、副業やOSS活動、コミュニティでの出会い、雑談から生まれたアイデアなどなど。当時は寄り道のように見えても、振り返るとキャリアの転機になっていた出来事。そんな「キャリアの縁側」で起きた出来事や学びについて、ぜひご応募ください。
本イベントにおける発表の中にも、こうした「縁側」での出会いがキャリアに結びついていった話が多く見られました。
プログラム一覧
今回のカンファレンスのプログラム一覧を掲載します。(発表者名からSNSのアカウントに、タイトルから発表資料にリンクしています)
| 発表者 | タイトル |
|---|---|
| 足利 聡太 | 言葉の格闘技のススメ~紙とペンと言葉から始める、キャリアの描き方~ |
| nibu | 迷いながらも歩んできた 異業種からエンジニアへ転職した後の試行錯誤 |
| hachi | いかにして転職を転機にしたか |
| ydah | わからない話を追いかけたら、プログラミング言語を作る側にいた |
| sanfrecce_osaka | 縁側で色んな人と出会っていたらいつの間にか人生観が変わっていたよ |
| takasago | 残業していると見せかけてOSS活動、から始まる生きのこる話 |
| ぷーじ | 螺旋階段のように上がるEMの次のキャリア |
| 久松 剛 | AI時代におけるITエンジニアのキャリア戦略 大阪編 |
| すぎうり | 負債解消という仕事は儲かる |
| 赤川 朗 | 基調講演 「ITエンジニアの転職学 ー 15年の定点観測でみえた、変わるもの、変わらないもの、残るもの」 |
この中から筆者の印象に残った発表をいくつか紹介します。
迷いながらも歩んできた 異業種からエンジニアへ転職した後の試行錯誤
nibuさんは異業種からITエンジニアに移ってきた人です。今回の発表では、IT業界にやって来るまで、およびそこから現在に至るまでの道程と、その過程でどんなことを試行錯誤してきたかをお話ししました。
nibuさんは学生時代を文系の学部で過ごし、ねじの専門商社に就職して販促支援に携わっていました。そこで社内ポータルサイトの作り直しをする機会があり、よくわからないながらも自ら手を挙げて構築を担当しました。ITのことはProgateで勉強したそうです。この仕事を担当したことで自分で作ったものが動く楽しさを知り、ITエンジニアを志望しました。
もっとも、志望したらすぐにITエンジニアになれるわけではありません。しかし、Xでエンジニアの人たちをフォローして観察したところ、文系やIT業界未経験からでもエンジニアに転職した人が少なからずいることがわかり、これが大きな励みになりました。また、IT勉強会の存在を知り、それに参加して知り合った人達との交流も転職を後押ししてくれました。
こうしてエンジニア派遣会社へ転職し、エンジニアとしてのキャリアが始まりました。決して順風満帆ではなくさまざまな壁にぶつかりましたが、それをどのようにして乗り越えていったかをお話しされました。
- コードが理解できない → フローチャートの存在を教わり、それを描くことで理解
- 不明点を整理して質問することができない → 「エンジニアを説明上手にする本 相手に応じた技術情報や知識の伝え方」という本を読んで整理の仕方を学ぶ
- エンジニアとしての成長の筋道がわからない → 毎日振り返りを書く、読書pyというオンライン勉強会の運営など新しいことを試す
その後、家庭の事情で関西から愛知県に移住することを決め、そのタイミングで再び転職しました。ここでも環境が変わったことでまた別の壁にぶつかりましたが、これも以下のような手法を取り入れることで乗り越えていきました。
- 「超・箇条書き」などを読んで、改めて伝え方について学び直す
- 大きなタスクを分解して小さくするなど、がむしゃらに作業せずに課題解決の方法を工夫する
- 忙しいときこそきちんと休みを入れてリフレッシュする

最後に学習曲線の話がありました。学習曲線は上図のようなグラフになりますが、これまでの自分を学習曲線に当てはめると、悩みや迷いを感じていた時期は停滞期であり、そこで少し難しい課題に対して自分なりの工夫を入れて取り組むことで、後にぐっと伸びる時期がやって来ます。成長に近道はなく、自分は自分の速度でしか成長できないものですが、停滞期があっても周囲に支えてくれる人達がいたことでここまで来ることができたという感謝の言葉がありました。
わからない話を追いかけたら、プログラミング言語を作る側にいた
ydahさんはプロダクトエンジニアとして働く一方で、Rubyの構文解析器の開発に携わっており、コミッターを務めています。また、関西圏の地域Ruby会議の運営にも関わっています。この発表ではRubyコミュニティに出会い、構文解析器の開発に参加して現在に至るまでの道程を、さまざまな人や出来事との出会いという観点で発表しました。
まずRubyコミュニティとの出会いは2015年に行われた関西Ruby会議06です。Ruby自体は学生の頃から知っていてときどきプログラムも書いていましたが、イベントに参加して、発表者の皆さんが自分のやったことをとても楽しそうに話していたのが印象に残りました。一方、仕事ではCやC++でプログラムを書くことが多かったのですが、その中で使っていたソフトウェアにバグを発見し、それを修正する経験をしたことでOSSへの貢献を行うようになりました。
そして構文解析器との出会いは2023年のRubyKaigiです。このイベントで行われた構文解析器に関する発表を聴講し、内容はあまり理解できなかったものの、もう完成されて改良の余地がない技術だと思っていた構文解析器にも技術の変化や課題がたくさんあることに興味を持ちました。また、そこでRubyコミッターと会話する機会を得たこともきっかけとなり、開発に参加するようになりました。
それからは実際に使われているコードを読み、typoの修正やテストの追加など、小さなことから貢献を重ねていきました。構文解析に関する知識も必要なので、言語理論やコンパイラなどの書籍も読んで学びました。また、「構文解析器がわからない」という大きな問題を小さく分解し、個々の問題を調べて解決していくことで、少しずつ理解を深めていきました。そして課題を解決したらそれを勉強会やカンファレンスで発表し、それで得たフィードバックや課題をまた開発に還元していくというサイクルを作り上げました。このようなサイクルを繰り返すうちに、やがてコミッターに任命されるまでになりました。

構文解析器に出会った3年前と現在を比較すると、3年前は「構文解析器がわからない」という大きな一塊の疑問だったのが、現在では具体的に細分化され、個々の問題を調べられる程度のわからなさに変化したとのことです。そして、このように不明点を細かく分解できることが専門性であるとしました。また、この構文解析器の開発は仕事とは別に趣味でやっているものですが、趣味でやっているからこそ本気で取り組めるものであり、これからも課題を追いかけていきたいと述べました。
AI時代におけるITエンジニアのキャリア戦略 大阪編
久松さんは、組織作りの伴走支援などを事業とする会社の社長を務めています。6月に行われた第2回きのこカンファレンスに参加して、AI時代に入ってコーディングに対する価値が変化したことにより、多くの人がキャリアを模索していると感じました。そこでこの発表では、参加者が今後のキャリアを模索するヒントになりそうな材料を提供することを念頭に、久松さんが顧客やエンジニアから見聞きした情報から考察したものを発表されました。
はじめにIT業界のトレンドや市場動向が紹介されました。3年前ぐらいまでは各業種ともエンジニア採用一色だったのですが、今ではその時代は終わり、AI活用や人材のピボット(業種や職種の転向)に焦点が当たっています。求人倍率は全体的には低迷傾向にありますが、業種/職種によっては求人倍率が上昇しているものもあります。業種ではAI・データセンター・セキュリティなど、職種ではコンサルやPMなどがそれにあたります。またAIの台頭により、企業が求める人物像にも変化が出てきています。かつてはスキル重視だったのが、現在は事業貢献性やコミュニケーション重視の傾向が見られます。スタートアップが厳しい状況にあることや、受託開発も単なる人月ビジネスは崩壊して、指名される強みを持っている会社が業績を伸ばしているという話もありました。
これらの話を受けて、エンジニアの生存戦略についての話がありました。これから転職を考えるならリファラル(紹介による採用)がよさそうとのことです。きのこカンファレンスなどのイベントもそのための場所として役立つでしょう。
それから地域に関する話題として、福岡と大阪の話がありました。福岡は地場のコミュニティが活発で、勉強会の開催頻度も多く、若い人も多いという状況です。ただし学生が卒業後に県外に流出してしまう問題や、(これは福岡に限った話ではなさそうですが)メンバーの固定化という課題はあるようです。これに対して大阪はエンジニア系も人事系もイベント集客が良くないそうです。しかしこれは見方を変えると、大阪でどんどんイベントに出て交流すれば、他の人よりもチャンスが多く手に入るとも言えます。筆者の印象としても関西はコミュニティ間の交流が少なく、大きな盛り上がりにつながっていないように感じます。何かできることはないか模索していきたいと思います。
ITエンジニアの転職学 ー 15年の定点観測でみえた、変わるもの、変わらないもの、残るもの
赤川さんはITエンジニア向けキャリア支援プラットフォーム「Forkwell」を15年にわたり運営してきた方で、現在は株式会社フォークウェルの代表を務めています。今回の発表は、Forkwellを15年間運営する中で観測してきたITエンジニアの転職市場を、赤川さんの視点でまとめたものです。本イベントの基調講演として行われました。
はじめに「変わるもの」として、年収・場所・キャリアパスの3点を挙げました。年収については上限年収の急上昇(つまり最優秀層がもらえる収入が大幅に上昇)と、高年収エンジニアの採用競争の激化が見られます。場所に関してはリモートワークの普及が大きな変化で、出社回帰の話も出ていますが長期的視点で見ると全体的にはリモートワークへの移行期ととらえることができます。キャリアパスについては分業化の進行や新職種(EM/SRE/データエンジニア)の増加といったところが変化したポイントです。また評価軸も変化しており、さまざまな能力を多面的に求められるようになってきていて、それらを高度にこなせる人が年収の増加につながっているようです。
続いて「変わらないもの」の話がありました。1つは設計力・実装力の重要性です。AIがコードを書く時代になりつつありますが、だからこそむしろ重視されている感があります。それからエンジニアの役割に分化と再統合のサイクルが見られます。例えば一時期はフロントエンドとバックエンドを分けて採用していましたが、最近はそれらを統合したWebエンジニアの求人が再浮上しているそうです。もう1つは年代ごとのキャリア指針です。20代は何でも挑戦する時期でやり切ることが大事、30代は強みを伸ばす時期で外を目指し、40代はさらに外を目指したり別ドメインに飛び込める最後の時期という感じです。また、キャリアの重ね方について、技術の分化と再統合の歴史を俯瞰しつつ自分の立ち位置を考えることや、所得を上げるための行動量が多いほど年収が上がりやすいといった示唆がありました。
最後に「残るもの」(キャリアを重ねる中で自分の中に残っていくもの)の話がありました。「人生の経営戦略」(山口周著)からの引用で、時間資本を投じて行った仕事が人的資本につながり、それを活かして社会資本(信用など)を得て、それが金融資本(収入)につながっていく、それらの総和がウェルビーイング(総合的な幸福)であるという話がありました。ITエンジニアも仕事を通じてこうしたウェルビーイングを蓄積していけるとよいでしょう。またウェルビーイングについては「『いいキャリア』の育て方」(青田努著)という本が紹介されました。同書ではいくつかの資産が紹介されていますが、その中で赤川さんが一番気に入っているのが「思い出」で、良い思い出に投資しましょうという話です。思い出は人と人の間に残るものであり、長い年月を経ても色褪せない思い出こそ最高の資産です。このイベントも参加者の皆さんにとって良い思い出になってほしいという言葉で講演を締めくくりました。
赤川さんは、本発表のタイトルにもなっている「ITエンジニアの転職学」というタイトルで著書も出されています。転職の実態や転職の仕方などを知りたい方はぜひご覧ください。
Open Space Technology
全発表者の発表が終わった後、イベントの最後のセッションとしてOpen Space Technologyが行われました。これはグループディスカッションの一種で、以下のような形式で進行します。
- 議論したいテーマを参加者から募集
- いくつかテーマが集まったら、各参加者は興味のあるテーマのテーブルに移動して議論
- 一定の時間が経過したら議論を打ち切り、再度テーマを募集して議論
今回は以下のようなテーマで議論が実施されました。
- 転職はどのタイミングでするのがよいか
- 外資系転職の話をしたい
- 企業選びの軸
- 社内SEの転職活動
- リファラル採用されたい
- 昇給やロールモデルがない
- 技術とマネジメントを中途半端にならないようにするには
- エンジニアを始めたばかりの人の生き残り
- 学習の再習慣化
- 基調講演の感想を聞きたい
- OSSへのコントリビューション
- 技術負債解消のプロになるには
- 関西のエンジニアコミュニティを盛り上げるには
- 地方コミュニティの存在意義
1テーブルあたり4〜5名で話をしているところが多く、そのため各参加者が聞くだけにならず発言する機会も多くなり、活発な議論が交わされていました。
おわりに
今回のレポートでは紹介しきれませんでしたが、この他にもキャリアに関するさまざまな話を聞くことができ、興味深いイベントでした。自分のキャリアは最終的には自分で考えて決めていくしかないのですが、考える過程において会社の中では相談できないこともあり、そうしたときにこのようなイベントやコミュニティが役立つケースはあると思います。今回のイベントが参加者の皆さんの今後につながればと願っています。
それではまた次回のイベントでお会いしましょう!












