ブロックチェーン実証実験のより現場に近い報告書が登場、社内電子マネーへの応用を予定

社内電子マネーを想定した実利用イメージに近い実験

今までになく開発現場に近い情報が開示されたブロックチェーン実証実験の報告書が登場しました。電子マネー事業を手がけるアララが、テックビューロが提供するプライベートブロックチェーン技術「mijin」を評価するために実施し、この2016年10月に公開したものです(報告書ページ)。実証実験の結果を受けて、アララはmijinを自社サービスに適用する方針を固めました。採用するメリットがあると判断したわけです。

今回の報告書は以下の3点について注目したいと思います。1点目は今までの実証実験の報告書に比べて、より実装に近い情報が開示されていること。2点目は今回の実証実験の成果を受けて、同社では実システムへのブロックチェーン技術の適用を表明していること。3点目に、実証実験のアプリケーション構築はアララが自社内で行っていることです。

ざっくり言うと

「自分たちで作り、結果を見て採用を判断した」

のが今回の実証実験の大事なところです。

以下、報告書の重要な部分を見ていきます。

ユースケースとして、社内向け電子マネーを想定しています。mijinの機能を活用して仮想通貨トークン「アララコイン」を発行、スマートフォン上のウォレットアプリで活用する使い方を試しました。

アララが想定するユースケース。社内利用する電子マネーを想定している
出展:【実証実験レポート】ブロックチェーン技術の電子マネーへの有用性について

実験規模はかなり大きいものです。10万ユーザー、1024部門の組織、過去の取引の蓄積として560万取引の規模の環境を用意しています。

今回の報告書の要注目ポイントですが、アプリケーション構築について比較的詳しい情報が開示されています。また想定したユースケースを実現するアプリケーションは、アララが内製しています。同社にとってはブロックチェーンを活用するアプリケーション構築の経験を積んだ格好と言えます。

実証実験のアプリケーションの構成。ブロックチェーン(mijin)を活用するアプリケーションは自社で構築した
出展:【実証実験レポート】ブロックチェーン技術の電子マネーへの有用性について

実験内容ですが、性能、可用性、取引の整合性に注目して実験を行っています。AWS(Amazon Web Services)上の4ノードにブロックチェーンをホストし、そのうち2ノードを定期的にリブートし、整合性に問題が出ないかを調べました。システム上の障害に対して電子マネーのシステムとしてきちんと動くかどうかを見たわけです。

さらに、AWSの東京リージョンとシンガポールリージョンにノードを分散し、遅延(レイテンシ)が整合性に影響しないかどうかも確認しています。地理的に離れたノードでブロックチェーンをホスティングしているということは、ある地域が大規模災害に見舞われるような事態になっても、別の地域のデータとシステムは生き続けるということを意味します。

解決した課題は可用性とコストの両立、そしてセキュリティ

同社がブロックチェーン技術に期待していることは、可用性とコストの両立です。従来型の情報システムでは、可用性を高めるためには冗長構成、多重化、地理的に分散したディザスタ・リカバリといった手法を取っていました。ただ、このような機能群は高価につく場合が多く、しかも、いざという時になんらかの理由で冗長構成が設計通りに機能しない事例も報告されています。

一方、ブロックチェーン技術の場合はブロックチェーンをホストする複数のノードのすべてに情報が保管される仕組みなので、もともと冗長化、多重化を施していると考えることができます。

また、今回の実証実験では地理的に離れたノードに分散させる検証も行っています。例えば東京とシンガポールに分散する場合、大規模災害により東京のデータセンターが壊滅したとしても、シンガポールのデータセンターでデータは無事に守られてシステムも稼働を続けられることを意味します。いわゆるディザスタ・リカバリのための特別な機能を導入しなくても、同等の効果が得られているわけです。

同社ではこのような検証の上で、「1取引あたりのコストを現行システムの30%程度まで削減できる」と見積もっています。従来型のシステムでは、多重化、冗長構成、ディザスタ・リカバリなどの機能が高価であることがその背景にはあると考えられます。

地理的に離れたノード(異なるリージョンのノード)に分散してブロックチェーンをホスティングする実証実験も行った
出展:【実証実験レポート】ブロックチェーン技術の電子マネーへの有用性について

もう一つ、同社が注目しているのがセキュリティ機能です。取材の際に聞いた話ですが、同社はmijinが備える「マルチシグネチャ」への期待があるということです。マルチシグネチャは、例えば「複数人の電子署名が揃うことで初めて取引を実施できる」といったセキュリティ設定を実現する仕組みです。この機能は重大な操作ミスや悪意による内部犯行など、人間的な要因に関わる不正な取引を防ぐ効果が高いと言えます。

性能も重要な検証項目です。今回の実証実験では毎分3000取引を確認しています。これは平均して毎秒50取引に相当します。前回のコラムで取り上げた日本取引所グループの実証実験では「毎秒数十取引では証券取引所のシステムには足りない」との指摘がありましたが、アララは「社内電子マネーのユースケースではこの数字は実用的な範囲」としています。なお、この毎分3000取引という数字が最終的な上限というわけではありません。今後のmijin側の改善や利用技術の進展により、より高速な数字に置き換えられる可能性が高いということです。

以上見てきたように、アララは実証実験に積極的に取り組み、一定の成果を得ました。同社がブロックチェーン技術を活用していく上ではおそらく未知の問題も出てくるでしょうが、こうした先駆的な取り組みによる経験の蓄積は貴重なものだと思います。