ブロックチェーンを公証役場や登記所のように使う
ブロックチェーン技術を何に使うのか、改めて考えてみます。ブロックチェーン技術の使い方を大きく分類すると、次の3パターンがあります(関連記事)。
(1) アセット管理(決済/送金など)
(2) スマートコントラクト
(3) 認証基盤(公証や登記。文書の存在証明、真正性の証明など)
以上に加えて、(4)企業情報システムのインフラ(関連記事1、関連記事2)として使う応用も盛んに試みられています。
ここで原点に立ち返って考えると、ブロックチェーン技術はもともと「ビットコインの技術的な部分に注目して名前を付けたもの」なので、もっとも基本的な機能はビットコインの基本機能である「決済」だと考えていいでしょう。このブロックチェーンの機能をいわば横展開して、様々な分野に応用しようとする取り組みが進んでいます。その取り組みの中でもブロックチェーンらしい用途といえる(3)の認証基盤、特に「公証や登記」への応用を見ていきます。
なぜ登記、公証にブロックチェーンを使うのか
ブロックチェーンの最も注目すべき特徴は、「利害が対立する当事者どうしが記録内容を信用できる」ことにあります。ビットコインは、お互いを信用できない当事者どうしがお金の残高を記録した台帳を共有し、その内容を信用できるようにした仕組みといえます。この特徴を、お金以外の情報の共有にも使おうという考え方が、「公証や登記」ということになります。
なぜブロックチェーンが、「記録内容を信用できる」と考えられているのか。その背景には、パブリックブロックチェーンは「改ざんが非常に難しい」特性を持っていることがあります。ビットコインのパブリックブロックチェーンが7年以上の連続稼働実績を積み上げ、ビットコインに価格がつき円やドルような法定通貨と交換できることも、この特性を人々が信用する背景になっています。
パブリックブロックチェーンをどう公証/登記に使うのか。概要は次のようになります。ある文書のハッシュ値(文書データから一意に導かれる数)を、文書の所有者の暗号鍵と一緒にブロックチェーンに記録します。ブロックチェーンはタイムスタンプ(正確には、記録した順序関係)と一緒にハッシュ値が記録されます。ハッシュ値もタイムスタンプも改ざんできません。また暗号鍵は所有者が厳重に管理する前提で使うものです。つまり、「いつ、誰が、どのような文書を登記/公証したか」を、ブロックチェーンの記録、文書のハッシュ値、暗号鍵を付き合わせることで証明できる訳です。
この仕組みは、日付入りの文書に「印」を押し、役所で保管することと似ています。ブロックチェーンを、公証役場や登記所と同様に信用できると考える人々が現れているのです。インターネット上に散らばる多数のコンピュータを結ぶP2Pネットワーク全体で管理するブロックチェーンを、文書の存在証明や真正性の証明に使う使い方は、今までの情報システムの考え方とは大きく違います。これをdecentralization(非集権、脱中央集権)というキーワードで表現する場合もあります。
NEM/mijin専用の公証サービスApostilleの試み
これまでに説明してきたようなブロックチェーンによる公証/登記をより手軽に実現できる新たなサービスが登場しました。Apostille(アポスティーユ)と呼ぶサービスで、NEM/mijinのクライアントソフト(ウォレット)であるNanowalletに実装されています。
NanowalletのApostille機能を使うと、文書(PDFファイルでも、Wordファイルでも、デジタル化された文書であれば公証に使えます)をドラッグ&ドロップのUIで選択し、ハッシュ値を暗号鍵とともにブロックチェーンに記録します。
暗号鍵の使い方を工夫すれば所有権の移転をブロックチェーン上で実現することが可能です。ある文書の所有者は、ブロックチェーンの上ではユーザーの暗号鍵として表現されます。ここでマルチシグという機能を使うと、複数の所有者を定義できます。「Aさん」が所有する資産の所有者を、Aさんの合意のもと「AさんとBさん」の共有名義に書き換え、さらに両者の合意のもと「Bさん」単独の所有に書き換えると、所有権を移転できる訳です。
ここで面白いのは、NEM/mijinの標準機能により存在証明と所有権移転のサービスを実現しているところです。
NEM/mijinのクライアントソフトNanowalletは文書の公証サービスApostilleを実装した。
文書の公証をすると、このような証明書を発行する(プレスリリースより引用)。
例えばビットコインのブロックチェーンを使う公証サービスの場合、ビットコインの標準機能だけではサービスを実現できないので、特定の企業が作ったサービス(ブロックチェーンを操作するサービス)をいったん信用する必要がありました。別の考え方として、スマートコントラクト(ブロックチェーン上で自動執行するプログラム)で同様のサービスを実装することも可能ですが、この場合は個別のスマートコントラクトを信用する必要が出てきます。第三者のサービスもスマートコントラクトも、バグがないかどうかは慎重に確認する必要があるといえます(関連記事)。さらに、悪意を持つ詐欺的なサービスが登場するかもしれません。第三者のサービスを使う場合、そのサービスに問題がないかどうかを慎重に確かめないといけないわけです。
一方、Apostilleの場合、NEM/mijin向けの標準的なソフトウェアを使えばいいので、第三者のサービスを信用する必要はなくなりました。
文書の存在証明を記録するブロックチェーンとしてはNEMを使うことになります。プライベートブロックチェーンmijinを使う場合でも、存在証明にはプライベートブロックチェーンだけでは弱いので(従来型の情報システムの記録と意味づけは同じです)、パブリックブロックチェーンになんらかの「アンカリング」、つまりmijin上の情報のサマリーをパブリックブロックチェーンに記録することで存在証明とする使い方をすることになるでしょう。
つまりApostilleを使うことはNEMを信用することと同じです。NEMは数ある「仮想通貨付きパブリックブロックチェーン」の中で時価総額10位(記事執筆時点)です。大きい方ではありますが、最大ではありません。人によっては、NEMではなく最大のブロックチェーンであるビットコインのブロックチェーンを使いたいと考えるかもしれません。それでも、Apostilleが標準機能として存在証明、所有権移転を実現したところは目の付け所が面白いと思います。