トヨタがブロックチェーン技術に関する研究開発の取り組みを明らかに

トヨタ自動車が人工知能の研究開発のため米国に設立した研究開発子会社Toyota Research Institute(TRI)が、MITメディアラボや複数のスタートアップ企業と協力してブロックチェーン技術および分散型台帳技術への取り組みを進めていることが明らかになりました(発表資料)。

同社の発表内容から、ブロックチェーン技術をどのように使おうとしているのかを探ってみます。取り組んでいるのは、次の3分野です。

(1) 自動運転車開発のためのデータの共有
自動運転車の開発では、自動車運転に関するデータを大量に集める必要があります。そこで、「安全なデータ市場」が求められています。トヨタ自動車が自ら実験して得たデータだけではなく、他の企業や個人の運転情報を「データ市場」を経由して取引する考え方です。

(2) カーシェア/ライドシェア取引
ブロックチェーン/分散型台帳を、自動車の座席や貨物搭載スペース、あるいは自動車そのものの利用権の売買に応用します。例えば、決済システムとスマートロックを結びつけることで、ロック解除やエンジン始動の権利を人手を介さずに買うことができます。この目的のため、ブロックチェーン上で自動的に執行するプログラムであるスマートコントラクトを応用できます。

(3) 利用料課金に基づく自動車保険
自動車のセンサーから得られる情報に基づき、実際に運転した距離や時間に応じて保険料を徴収するソリューションを開発します。

「データ市場」の基盤にブロックチェーンを使うアイデア

いずれの分野でも、大前提となっているのは、ブロックチェーン/分散型台帳は利益相反する複数の当事者どうしで情報を共有、取引するための基盤となる技術であるということです。

「自動運転のためのデータ市場」のような分野で問題になるのは、複数の組織にまたがってデータを管理するやり方です。

一つの企業がデータを管理するのであれば話は簡単で、この企業が管理するデータベースにデータを集めればいい訳です。しかし、データを「市場」で取引しようとすると別の問題が出てきます。1社がデータを独占している状態では、その会社は公平な市場に参加する一員として信用してもらえません。そこで、データを管理する「取引所」のような、信用できる第三者機関が必要になります。このような第三者機関を設立して維持するのは、通常は大きな出費が伴います。信用できる情報システム、信用できる運営スタッフを維持する費用が継続的に発生するからです。このような第三者機関の例として、株式の取引所、銀行どうしの取引を管理する全銀システムなどがあります。

ブロックチェーン/分散型台帳の意義は、「データ取引所」のような第三者機関に相当する機能をソフトウェアのレイヤーで提供できることです。つまり、第三者機関に相当する情報システムを構築できることに価値があります。

大企業が研究開発のため複数のスタートアップ企業と手を組む

TRIは、このようなブロックチェーンの取り組みのため、MIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボ、および複数のスタートアップ企業と手を組むことにしました。

ドイツBigchainDBは、「ブロックチェーン・ベースのスケーラブルなデータベース」を開発しているスタートアップで、自動運転テストデータのデータ交換基盤の構築に関わります。

同社が開発する製品BigchainDBは、ブロックチェーンと分散データベースの両方のメリットを兼ね備えている、と同社は主張しています。図はBigchainDBの特徴である「2層コンセンサス」の概念図です。低レベルでは分散データベース(同社が推奨するのはMongoDB)を使いトランザクションの整列の機能と耐障害性を提供し、高レベルのBlockcgainDBでは二重支払いの防止と攻撃への耐性を提供すると説明しています(同社のWebサイトで公開している文書"A BigchainDB Primer"から引用)。

トヨタの研究開発子会社TRIが手を組んだスタートアップの1社、BigchainDBが開発するBigchainDBの概念図。
分散データベースとブロックチェーンの「いいところ取り」を目指す。

Oaken Innovationsは、ブロックチェーン技術EthereumとP2PファイルシステムIPFSを組み合わせてP2Pカーシェアリングのアプリケーションを開発中です。仮想通貨トークンを使って自動車へのアクセス権を取引する仕組みを作ろうとしています。

イスラエルCommuterzは、モバイル端末を活用したP2PカープーリングソリューションをTRIと共同開発中です。同社はトークンを使ったゲーム的な要素をカープーリングに取り入れる構想を持っています。

Gemは、ヘルスケア/サプライチェーン分野を狙うブロックチェーン・スタートアップです。同社はトヨタの自動車保険関連会社TIMS(Toyota Insurance Management Solutions)およびAioi Nissay Dowa Insurance Services (あいおいニッセイ同和損保の米国事業会社)と共同開発に取り組んでいます。

このようなスタートアップ企業と大企業が手を組むことは、R&D(研究開発)の一つのパターンとして最近注目されています。スタートアップ企業にとっては、研究開発の受託という形の契約にすればキャッシュを得ることができ、また独力で開拓すると時間がかかるユースケースに取り組み、経験を積むことができます。また大企業側にとっては、自ら組織を立ち上げる場合に較べて時間と費用を節約でき、さらに重要なこととして新たなイノベーションの可能性に対して効率的に投資することができます。

トヨタが今回提示した3つのユースケース、つまり自動運転車開発のためのデータ市場、カーシェア/ライドシェア、利用料課金自動車保険という分野は、いずれもブロックチェーン/分散型台帳技術を適用する対象として良く考えられていると感じます。ブロックチェーン/分散型台帳とは、このような利益相反する複数の当事者がいる複雑なエコシステム(商流など)で、データを共有したり取引したりする用途に最も効果を発揮すると考えられているのです。