企業の研究所はいかにあるべきか 〜「さくらの夕べ 研究所ナイト」レポート(前編)〜

1月16日(木)に、さくらインターネット福岡オフィスにて「さくらの夕べ 研究所ナイト」が行われました。イベント内容は、さくらインターネット研究所のメンバーによる発表と、他社の研究所で活動されている方々とのパネルディスカッションです。さくらの夕べとしては久しぶりの福岡開催でしたが、30人以上の方が集まってくださいました。ありがとうございます。それではイベントの模様をレポートします。

さくらインターネット研究所の役割と、超個体型データセンター

最初のセッションは、さくらインターネット研究所の所長を務める鷲北賢による発表「さくらインターネット研究所のミッションとビジョン」でした。鷲北は当社代表の田中邦裕に次いで長く在籍する社員で、バックボーン運用からサービス開発まで多種多様な業務を経験していますが、2009年からはさくらインターネット研究所を立ち上げ、所長に就任して現在に至ります。

さくらインターネット研究所のミッションは「インターネット技術に関する研究を行い、成果の発信と利用を通じて社会と会社に寄与する」です。会社への寄与という観点では3-5年後に役立ちそうなことを研究テーマに据えるようにしていますが、研究所の所員に向けては「とにかく面白いと思うテーマにどんどん取り組んでください」と促しています。

というのも、特にインターネット分野では、未来を正確に予測することはとても困難です。例えば10年前に、クラウドサービスやコンテナ技術がここまで普及したり、Kubernetesのような仕組みが出てくることを予想できた人は少ないでしょう。このような状況においては、テーマを絞って研究するよりも、多様なテーマを手がけておく方が得策です。ある技術が伸びてきたときに、それはこうすればできますとか、ときにはそれはやらない方がいいですといった道案内ができるように、斥候として先回りすることが研究所の役割です。

そして、所員の「やりたい」に「Yes」と答えるのが所長の仕事です。採否の基準は「さくららしさ」です。これは説明や定義が難しく、また時代に応じて変わっていく可能性もあるので明確な言語化はしないのですが、多少なりとも「さくららしさ」が感じられるテーマであればよしとしています。

そんなさくらインターネット研究所が、今後のビジョンとして掲げ、現在取り組んでいる研究テーマが「超個体型データセンター」です。もともとは研究所員の菊地俊介のアイデアで、それを2018年夏に行われた「さくらの大納涼会」で発表したのですが(レポート:【さくらの大納涼会】道内のIT企業が大集合!さくらと考える「これからの北海道」)、それをさらに研究所メンバーで議論を深め、2019年2月にさくらインターネット研究所ブログにて発表したものです。

今はクラウドネイティブという言葉も生まれるほどクラウドサービスが広く利用されていますが、その一方でクラウドでは実現できない近未来的サービスも出てきています。例えば、自動運転自動車のようにその場で即時の判断が必要なものは、いちいちクラウドに問い合わせていては応答が間に合いません。膨大な帯域が必要なサービスも、そのトラフィックをすべて中央集権的な巨大データセンターでさばくことは不可能です。このようなサービスに対しては、それを現場に近い場所で支えるコンピューティングリソースが必要になるはずで、それを解決するには全国数百か所に小さなデータセンター的な拠点を設け、それらが自律分散的に動作するとともに、互いに有機的に結合して全体最適で動くような仕組みが必要になるだろうというのが「超個体型データセンター」の構想です。現在はこの構想を実現するための各種要素技術の研究開発に取り組むとともに、その成果を論文にまとめ、学会で発表して意見をもらっているところです。(参考記事:インターネット技術第 163 委員会 ITRC meet45 で超個体型データセンターについて講演し、運営委員に就任しました)

最後に鷲北からは「このように、これからもおもしろいと思うテーマにどんどん取り組んでいきたい」という言葉がありました。この発表の資料は公開されていますので、さらに詳しく内容を知りたい方はそちらをご覧ください。



さくらインターネット研究所で研究に再挑戦した 私の半年間の取り組み

2番目のセッションは、半年ほど前にさくらインターネット研究所に加入した鶴田博文による発表「さくらインターネット研究所で研究に再挑戦した私の半年間の取り組み」です。こちらについては後日、レポートの後編にて内容をご紹介します。

パネルディスカッション / 企業の研究所のあり方とやっていき

3番目のセッションとして、「企業の研究所のあり方とやっていき」と題するパネルディスカッションが行われました。こちらは各企業で研究職を務めている方々をお招きし、企業の研究所のあり方などを議論するというものです。登壇者はこちらの方々です。(敬称略)

パネルディスカッションの登壇者の皆さん。左から、栗林さん、関さん、鷲北、松本

モデレーターから提示された話題と、それに対する登壇者のコメントを要約して掲載します。

企業における研究所の存在理由

松本:企業における研究組織って、どんなところに存在理由があると考えていますか?
栗林:会社が何かやりたいというときにすぐに反応できるように、エンジニアリング面での準備をするために研究組織があると思っています。
関:会社の技術的なコスト見積もりにおける不確実性を下げるのが大きなポイントと考えています。会社が持っている技術のトップラインを上げることで、新しいビジネスに取り組むときのハードルを下げることができます。
鷲北:事業を推進する中で、エンジニアたちの手が回らない部分というのがあって、そこを担ってきたように思います。例えば10年前、さくらの事業のメインは専用サーバ(編集部注:物理サーバ)とレンタルサーバだったんですが、そこでは手が回らない仮想化技術が研究テーマになりました。その成果がさくらのクラウドになったわけで、いわば事業の種をまいたことになります。

技術への投資はどこまでやれる?

松本:研究は事業への貢献との兼ね合いが難しいですよね。技術への投資をどこまでやっていいか、基準みたいなものはありますか?
栗林:僕らにもビジョンがあって、それに沿って研究を進めるのですが、各メンバーのやりたいことがそのビジョンにどう貢献したかを、後から振り返る形で評価しています。
関:アカデミア(編集部注:学会および学術コミュニティ)にも評価されつつ、自分たちや会社のやりたいことがやれるかどうかを基準に考えています。投資リソースという意味では関連する技術に従事するメンバーの10%ぐらいが研究開発専業で、残りのメンバーも活動の一部を研究にあてられるのが理想ですね。
鷲北:金銭的には、もともとあまりお金をかけてないので、どこまでというのはさほど考えてないですね。研究テーマにするかどうかの判断基準に関しては、事業になりそうかどうかは問わないことにしてます。わからないから研究するんであって、事業になりそうなら最初から事業部でやればいいわけで。

研究の意義を社内にどう説明してる?

松本:皆さんの話を聞いてて、研究員が楽しくやったものが事業にはね返ったり技術ブランディングにつながるといいよね、というのを感じたんですが、その一方で、事業になるかどうかもわからないことをやってることに対して不満を持つ人たちも社内にいると思います。そういう人にどう説明してますか?
関:うちは社内共有をちゃんとするようにしてます。社内で報告会をしたりとか、論文を書いたことをブログに書くとかですね。研究チームだと打ち合わせとかもないので、会社に行かなくてもいいんじゃないかって思われるかもしれないのですが、ちゃんと会社に行くことも心がけています。妙な不満は意外にそういう細かいところから生まれてくるので。
栗林:企業研究所の一番のメリットは、実サービスのデータが使えるとか、実際に稼働しているものに適用して効果を測れることです。それとアカデミックな世界での成果を両立できれば、社内にも「いいことをやってるんだね」と言ってもらえるだろうと思ってます。
鷲北:社内からの不満は少なくとも直接的には聞こえてこないので、特に気をつけていることはありません。ただ、研究所は自由に楽しくやっていいと言ってますが、実はそれはすごいプレッシャーなんですよ。自由には責任も伴うし成果も出さなきゃいけないので。

いつか研究できなくなる日が来る?

松本:自分はずっと研究者としてやってきてますが、いつかある日、研究できなくなるんじゃないかという漠然とした不安があります。皆さんにはそういうのありますか?
関:コンピュータサイエンスは進歩のスピードがとても速いので、それについていくためには今後も研究の必要性はなくならないと思います。ただし、経営計画にうまく乗るようなテーマを選ぶスキルは必要でしょうね。それから、実力的に研究ができなくなることは普通にあると思ってます。今でも若手の社員や学生インターンと一緒にやってると、もうこの子たちだけでいいんじゃない?と思う瞬間もあります(笑)。でもその一方で、研究マネジメントのスキルも重要で、そっちの方はまだちゃんとやれる人が少ないので、自分もそっちでやっていけそうな感触はあります。
栗林:会社全体の経営とどうすり合わせるかというのはありますが、本来はIT企業にとって研究は必要なものだと思います。個人的には、自分も修士号の取得を目指して論文を投稿したりしていて、そうやってスキルを高める姿を見てもらうことで、会社全体に「研究は重要」という認識を広めていきたいです。
松本:あらためて、こういう方々に囲まれているから研究活動を楽しくやれているんだと感じました。パネリストの皆さんありがとうございました!

懇親会とLT

パネルディスカッションの後は、懇親会をしつつ、参加者によるライトニングトークを行いました。今回は3人の方々が発表してくださいました。発表者名とタイトルと資料だけになりますがご紹介します(敬称略)。皆さんご発表ありがとうございました!

おわりに

「研究」というと大学が中心という先入観があり、企業の研究所や研究者が何を目標にどんなことをやっているかを知る機会は少ない印象があります。そういう中で、このイベントはさくらインターネットのみならず他社の方々も交えて、研究者たちが考えていることや組織としてのあり方、会社の中での位置づけなど、普段あまり聞けない貴重な話を聴ける機会でした。登壇者の皆さんありがとうございました!

なお、このイベントの模様は、YouTubeの「さくらのエバンジェリストナイト」チャンネル(通称:えばない)にてライブ配信しました。そちらのアーカイブも残っていますので、登壇者の生の声をお聞きになりたい方はそちらもぜひご覧ください!



レポート後編も鋭意執筆中です。お楽しみに!