日本の技術書コミュニティは熱いぞ!「技術書典」レポート
6月25日(土)に、秋葉原・通運会館にて開催された「技術書典」に行ってきました。このイベントは、ITエンジニアなら誰でもお世話になるであろう「技術書」をテーマとする「技術書オンリーイベント」で、今回が初開催であるばかりか、おそらく業界でも初ではないかと思われる新しい試みです。
(上記写真は技術書典の会場となった通運会館)
会場にはIT系出版社から技術コミュニティまでの多種多様な出展サークルと、それらが頒布する書籍や冊子を買い求めるたくさんの来場者が集まりました。1日で約1400人が来場したという、熱量の高いイベントの模様をお伝えします!
技術書典の主旨と内容
技術書典のWebサイトに、イベントの主旨が説明されていますので引用します。
技術書典とは、新しい技術に出会えるお祭りです。技術書典は、いろんな技術の普及を手伝いたいとの想いではじまりました。技術書を中心として出展者はノウハウを詰め込み、来場者はこの場にしかないおもしろい技術書をさがし求める、技術に関わる人のための場として『技術書典』を開催します。
イベント内容としては、企業やサークルから出展社を募り、それらが製作した技術書の展示や販売がメインとなります。今回の出展社数は、サークル49、企業9、委託販売2の合計60団体ですが、サークルに関しては早々に募集を締め切るほど多くの申し込みがあったようです。また、この他に展示ホールの一角を使った企画コーナーでは、参加団体によるプレゼンテーションやトークショー、抽選によるプレゼント大会なども行われました。
技術書典の展示会場。各団体とも長机1個~半分で出展します。
参加団体紹介 ~サークル編~
ではここで、イベントに参加されたサークルをいくつかご紹介しましょう。
SunPro
プログラミングなどの技術が好きな人達が集まって結成したサークルで、メンバーの寄稿による会誌を頒布しています。今回製作した「SunPro会誌 2016 技術書典」には3本の記事が収録されていますが、その中の1本「もしインターネットの1秒が1年だったら」は、クライアント~サーバ間のHTTPによる通信を、1秒を1年に引き伸ばした時間軸(実際の約3000万倍)に沿って解説したものです。これによると、元日に通信を開始したとして、完了するのは11月30日だそうです。
ちなみに、通信先となるサーバには、さくらインターネットの石狩データセンターにある「さくらのVPS」が使われていました!ご利用ありがとうございます!
SunProブースにて出展中の博多市さん(左)、hiromuさん
小江戸らぐ
埼玉県川越市を拠点に活動するLinuxのユーザグループです。オープンソースカンファレンスなどにもよく参加されています。今回は、Linux、Raspberry Pi、3Dプリンタなどの冊子を販売していた他に、秘密結社オープンフォースの冊子も委託販売していました。このブースで配布していた「まめほん」はオープンフォースの河野さんによるもので、両面に原稿が印刷されたA4サイズの紙を指示書通りに折っていくと、A4の1/16(つまりA8サイズ)の小さな本が出来上がるというものです。
まめほんの完成品。背景は製本手順の指示書。
DevLOVE Pub
DevLOVEというソフトウェア開発系コミュニティから派生したサークルで、電子書籍や執筆に興味を持つ人達が集まっています。コミックマーケット(コミケ)やDevelopers Summitなどに頻繁に出展しており、そのたびに「Far East Developer Review」という冊子を製作しています。今回はエンジニア採用に関する記事を集めた新刊を頒布していました。
DevLOVE Pubのブース。右奥の見切れているのが新刊。旧刊も一緒に頒布。
国際ソブリ協会
Linux、自作PC、電子工作などを扱う技術ネタサークルです。今回は「DSPラジオの原理」と「6LoWPANを何とかしようとする本」を頒布していました。6LowPANは「IPv6 over Low power Wireless Personal Area Networks」の略語で、低消費電力なデバイス同士が接続されたネットワーク上でIPv6による通信を行う規格です。IoT分野への適用が期待されています。
メンバーの方の話では、このようにちょっと難しい内容を扱っているため、関心を持ってくれた上に資料まで購入してくれる人は3人ぐらいしかいないんじゃないかと予想していたそうですが、実際には用意した20冊ほどの資料が2,3時間で完売してしまい、本人たちも驚いていました。
国際ソブリ協会の冊子。左端は「6LoWPANを何とかしようとする本」で使用した小型デバイス。
参加団体紹介 ~企業編~
技術書典に出展していたのはサークルだけではありません。展示会場の一角を占めていた企業ブロックも見てみましょう。
オライリー・ジャパン
技術書の出版社として名高いオライリー・ジャパンは、ITイベントへの出展と書籍販売を積極的に行っていることでも知られています。今回も同社から刊行されている書籍を販売していたのはもちろんですが、こんな品物も一緒に販売していました。
- オライリー大人の塗り絵
オライリーの書籍に登場する動物達を題材にした塗り絵ができる本です。米国本社で製作された物の輸入品で、おそらく数量限定のレアな品物と思われます。 - Ebook Complete Pack 2016
同社から刊行されているすべての電子書籍をDVDに収録したものです。価格はなんと100万円です。果たして売れたのでしょうか…。
オライリー大人の塗り絵
CodeZine
CodeZineは翔泳社が運営する開発者向けWeb媒体です。今回はCodeZineの記事を冊子にしたものに加えて、翔泳社デジタルファースト(SDF)から刊行された書籍を販売していました。SDFは今春より始動した新プロジェクトで、書籍になっていないオリジナルコンテンツを、電子データを元に電子書籍やPOD(プリント・オン・デマンド=オンデマンド印刷)などの形式で提供するものです。
CodeZineブースに並ぶSDFの書籍
Wantedly執筆部
企業ブロックに出展していたのは出版社だけではありません。ビジネスSNSを運営するスタートアップ企業・Wantedlyは、社員有志により製作された「WANTEDLY TECH BOOK」を販売していました。内容は主に社内インフラに関するノウハウ集で、いわば「Wantedlyを支える技術」を本にしたという感じです。CTOの川崎禎紀さんは出展の動機について次のようにコメントしました。「起業から4年やってきて得た知見を、そろそろ社会とか業界に還元したいという想いがありました。そんな中、社員から技術書典に出たいという提案がありまして、やろうよという話になりました」
こちらも来場者の反応は上々で、当初用意した書籍は早々に完売し、増刷して対応したそうです。
Wantedly執筆部のブース。左の黒い本がWANTEDLY TECH BOOK。
企画スペース
企画スペースの催しからは、リクルートテクノロジーズの伊藤敬彦さんによるRedPenの紹介セッションをレポートします。
RedPenは文書の自動検査ツールです。設定ファイルにチェック項目を記述し、redpenコマンドに文書を投入するとチェック結果が表示されます。例えば、文が長過ぎる、不正な文字を使っている、スペルが間違っているなどのエラーが検出されます。各種エディタで動作するプラグインも存在し、自動修正ができるものもあるようです。さらに、継続的インテグレーション(CI)ツールと組み合わせることで、作成中の文書を継続的に検査し、品質を保つことができます。
RedPenの説明をする伊藤さん(左)。右は技術書典の主催者の1人である高橋征義さん(達人出版会)
主催者の想い
イベント内容の紹介はこれぐらいにして、ここからは技術書典を運営された方々の想いを、微力ながらお伝えしたいと思います。当日はスタッフの皆さんも忙しくされていて話を聞ける状況ではなかったので、後日メールにていくつかの質問をお送りし、回答をいただきました。
技術書典を開催しようと思った動機は何ですか?
ここは、イベントを主催したお二人のコメントを紹介します。
- 日高さん(TechBooster)
「技術と一言でいっても実際には想像以上に幅広く、またそれぞれの分野で異なる深さがあります。そうしたニッチな分野でも好きな人が集まれば楽しいイベントになるのでは、と思ったのがきっかけです」 - 高橋さん(達人出版会)
「同人誌の世界には、商業誌やネットの世界とも違った独自の文化があり、そういった文化の需要はコミケ等に参加されている層以外にもあるのではないかな…という思いがありました」
このような想いの下に立案された企画に、日高さんや高橋さんから話を聞いて興味を持った方々がスタッフとして加わり、イベントとして形を成していきました。
開催にこぎつけるまでに一番苦労したことは何ですか?
「すべてが未経験だったことにつきます」「どこに地雷が埋まっているかわからなかった事です」「タスクの洗い出しと分配が難しかったです。そもそも初めての開催なので必要なタスクがわからないところからスタートでした」など、前例のないイベントへの挑戦は未知との闘いの連続でした。また、技術書典では各サークルで頒布する本を開催前日に印刷所へ入稿することにしたのですが、サークルによっては新刊を頒布できるかどうかの命がかかっているので失敗が許されず、そのプレッシャーも相当なものだったようです。
イベントを実施してみて、どんなことを感じましたか?
「まずは何事もなく終われてよかったと思います」「お客さんもたくさん集まって運営スタッフもすごく楽しい経験ができました」というコメントが示すように、スタッフの皆さんも開催してよかったと思えるイベントだったようです。もう少し踏み込んだコメントとしては、「技術系の出版は電子出版もさかんであるにもかかわらず、実際の場にこれだけ多くの人にお越しいただき、リアルな場の強さを感じました」「技術書を出す事がカンファレンスで登壇するより効率の良い伝道方法であるという数字が示せるかもしれないと思いました」という意見があり、技術書典がもっと大きな可能性を秘めたイベントであることを感じさせました。
筆者の感想
技術書典に参加してみて、技術書を作りたい、売りたい、買いたいという人が、こんなにもたくさんいることに驚きました。本が売れなくなったと言われて久しいですが、それは技術の多様化が進み、エンジニア達の技術的興味も分散した結果、皆がこぞって買うような書籍が作りにくくなっただけで、良いドキュメントがあれば買ってでも読みたいという人はそんなに減っていないのかもしれません。参加者の年齢層も特に老化しているわけではなく、SunProのお二人のような若年層の方も多く来場・出展していたので、将来も安心(?)です。
このイベントで流通している技術書のような少量多品種の生産・販売モデルが確立されれば、技術書の作り方や販売方法も変わってくるかもしれません。電子書籍やPODなどモデルチェンジのヒントになりそうな技術は出てきているので、動向を見守りたいと思います。
おわりに
今回、1日で1000人以上の方が来場されたのですが、場内の混雑を適度なレベルに抑えるために整理券を配って入場規制を行うなど、初開催とは思えないほど手際の良い運営がなされていました。事前にさまざまな事態を想定し、それに対応すべく細やかな配慮をされた主催者の方々に敬意を表するとともに、これからもこのイベントを応援していきたいと思いました。次回の開催については明言されませんでしたが、きっとあるんじゃないかと筆者は期待しています。
それではまた、次のイベントでお会いしましょう!